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中条志穂「イチ推しフランス映画」

キアラ・マストロヤンニ主演『今宵、212号室で』

映画『今宵、212号室で』


©Les Films Pelleas/Bidibul Productions/Scope Pictures/France 2 Cinema


©Les Films Pelleas/Bidibul Productions/Scope Pictures/France 2 Cinema

監督・脚本:クリストフ・オノレ Christophe Honoré
マリア:キアラ・マストロヤンニ Chiara Mastroianni
25歳のリシャール:ヴァンサン・ラコスト Vincent Lacoste
リシャール:バンジャマン・ビオレ Benjamin Biolay

2020年6月19日(金)よりBunkamuraル・シネマ、シネマカリテほか全国順次公開

配給:ビターズ・エンド

[公式HP]www.bitters.co.jp/koyoi212/

 カトリーヌ・ドヌーヴとマルチェロ・マストロヤンニの娘、キアラ・マストロヤンニを主演に、倦怠期を迎えた夫婦の危機を奇想天外かつコミカルに描く。魔法のような一夜の物語である。

 結婚して20年の法学部教授マリアは、夫リシャールに隠れて若い男たちと浮気を楽しんでいた。ところがある日、夫にそれがバレてしまう。夫婦喧嘩の末、頭を冷やすために向かった先は、家の真向いのホテルの212号室。そこになぜか20年前と変わらぬ若いリシャールが現れ、マリアを責める。さらに、リシャールのかつての恋人イレーヌや、マリアの過去の浮気相手たちも212号室に続々と現れる。混沌とした状況のなか、マリアは自分の過去を考え直すことになるが……。カンヌ映画祭の常連ともいうべきクリストフ・オノレ監督が、夫婦の危機という深刻なテーマを、多彩なシャンソンをちりばめ、遊び心いっぱいに描いている。212という数字は、夫婦間の貞節や助け合いを定めたフランスの民法212条からとっている。 主演のキアラ・マストロヤンニはカンヌ国際映画祭「ある視点」部門の最優秀演技賞を受賞した。原題はChambre 212(212号室)。

【シネマひとりごと】

 前号でご紹介した『アンティークの祝祭』では、母ドヌーヴの大ぶりの薔薇の影に隠れてしまった感のあるキアラだが、本作は、キアラ史上最高の演技と評されたデプレシャン監督『クリスマス・ストーリー』での好演に匹敵するものだ。とくにキアラの背中が素晴らしい。映画『キャロル』のケイト・ブランシェットの背中にも負けない鍛えられた美しさで、浮気をしても飄々と自由に生きる女性の力強さを体現している。クリストフ・オノレはフランソワ・オゾン監督と並んで、女優の魅力を最大限に引き出してみせる。キアラはオノレ作品にたびたび出演しており、この監督のミューズといってよい。本作の物語はアパルトマンとホテルの一室で展開される、たった一夜の物語だ。夜の街の描写が印象的で、ネオンのにじむ、ソフトフォーカスがかった映像が夢幻の夜を鮮やかに視覚化している。アラン・レネの『風にそよぐ草』のめくるめく夜のネオンを思い起こさせるといってもいい。オノレ監督はこの映画はロケで撮らないと決め、舞台となるヒロインの住むアパルトマンや、向かいのホテルや映画館(モンパルナスの実在の映画館Cinéma les 7 Parnassiens)をすべてスタジオに再建した。舞台の演出もこなす監督らしく、まるで演劇を見ているような臨場感があり、登場人物の間の親密な空気を感じられる。それもそのはず、主人公の夫役は人気ミュージシャンのバンジャマン・ビオレで、実生活ではキアラの元夫である。すでに別れた夫婦が壊れかかった夫婦を演じるという、親密さの中に漂う奇妙な緊張感もこの映画の見どころとなっている。

◇初出=『ふらんす』2020年6月号

『ふらんす』2020年6月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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