女性政治家シモーヌ・ヴェイユの生涯を描いた話題作『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』
映画『シモーヌ フランスに最も愛された政治家』
© 2020 - MARVELOUS PRODUCTIONS - FRANCE 2 CINÉMA - FRANCE 3 CINÉMA
監督・脚本:オリヴィエ・ダアン Olivier Dahan
シモーヌ(1968-2006):エルザ・ジルベルスタイン Elsa Zylberstein
シモーヌの夫、アントワーヌ:オリヴィエ・グルメ Olivier Gourmet
シモーヌの母、イヴォンヌ:エロディ・ブシェーズ Élodie Bouchez
2023年7月28日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開
配給:アット エンタテインメント
[公式HP] simonemoviejp.com
昨年フランスで年間興行成績トップに輝いた話題作。人工中絶法を成立に導いた女性政治家シモーヌ・ヴェイユの、壮絶な人生体験や政治家としての波乱に富む生涯を描いた映画である。
冒頭では晩年のシモーヌが自らの人生を回想する。ユダヤ系の家庭に生まれ、兄や姉とともに幸福な子供時代を過ごすが、16歳でアウシュヴィッツに強制収容され父母や兄を失う。終戦後、結婚して子供にも恵まれるが、弁護士になる夢を捨てきれず葛藤する。そして、アウシュヴィッツをともに生き抜いた最愛の姉の事故死を契機に、司法試験に挑み、判事となってからは精神障害者や婚外子など、苦しい立場に置かれた人々の人権回復に奔走する。まもなく厚生大臣として政治の世界に入り、のちにヴェイユ法と呼ばれる人工中絶法案を反対派の猛攻撃に耐えながら成立させる。その翌年、それまで口を閉ざしていた強制収容所での過去を公の場で打ち明ける……。あまりにも劇的なその生涯をドキュメンタリー・タッチで再現し、多くのフランス人から敬愛された女性の実像を生々しく浮かび上がらせている。
主演のエルザ・ジルベルスタインは、40代から晩年までのシモーヌを演じるために体重を8キロも増やしたという。監督は『エディット・ピアフ 愛の讃歌』のオリヴィエ・ダアン。原題はSimone, le voyage du siècle(「シモーヌ、世紀の旅」)。
【シネマひとりごと】
オリヴィエ・ダアン監督によると、本作は『エディット・ピアフ 愛の讃歌』、『グレース・オブ・モナコ 公妃の切り札』に続く、有名女性を描く三部作の最終章である。歌手、女優、政治家のセレブ女性列伝だが、最も注目を集めたのは、なんといっても『エディット・ピアフ~』で、マリオン・コティヤールをアカデミー主演女優賞に導いたことだろう。フランス人女優がこの賞を受賞したのは『年上の女』のシモーヌ・シニョレ以来、史上二人目で、受賞の効果もあって、フランス国民の10人に1人が見る超特大ヒットとなった。続く『グレース~』はグレース・ケリーを演じたニコール・キッドマンは確かに美しいが、「事実と異なる」とモナコ王家から総スカンを食らい、ダアン監督は「単なる伝記映画ではない」と開き直った。エディット・ピアフに関しても、「自分はピアフのファンではないがファンじゃないほうが客観的に描ける」と勝手な(?)自論を展開していた。本作『シモーヌ~』は、主演のエルザ・ジルベルスタインがかねてよりヴェイユの信奉者で、ヴェイユの存命時から本人と直接親交を深めていたため、2017年にヴェイユが亡くなった後、彼女の人生が映画化されるとしたら主役を演じるのは自分しかいないという強い思いがあって監督に持ち掛けたという。つまり、ここでもダアン監督は自然体の受け身である。しかしこの映画はフランスでまたまた大ヒット。つくづく運に恵まれた監督と言わざるを得ない。ただ、コティヤールもキッドマンも採用は直感で決めたというが、監督の女優を見る目だけは信頼できる。本作でも、若き日のシモーヌを演じた新進女優レベッカ・マルデールがジルベルスタインよりも鮮やかな存在感を醸し出している。史上最年少でコメディ・フランセーズに入団した彼女の次回作は、フランソワ・オゾン監督のサスペンスコメディMon crimeで、主役の一人に大抜擢。ダアン監督の目の確かさを証明した出来事である。
◇初出=『ふらんす』2023年8月号
*『ふらんす』2023年8月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。