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中条志穂「イチ推しフランス映画」

シャルロット・ゲンズブール主演『午前4時にパリの夜は明ける』

映画『午前4時にパリの夜は明ける』

© 2021 NORD-OUEST FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA

監督:ミカエル・アース Mikhaël Hers
エリザベート:シャルロット・ゲンズブール Charlotte Gainsbourg
タルラ:ノエ・アビタ Noé Abita
ヴァンダ:エマニュエル・ベアール Emmanuelle Béart

2023年4月21日(金)よりシネスイッチ銀座、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

配給:ビターズ・エンド

[公式HP] https://bitters.co.jp/am4paris

 『アマンダと僕』のミカエル・アース監督がシャルロット・ゲンズブールを主演に迎え、80年代のパリを舞台に、ヒロインとその家族が辿る7年間を優しく見つめた作品。

 1981年、ミッテランが大統領に選出され、政治的にも文化的にも転換点を迎えつつあるパリ。夫に新しい恋人ができて別れることになった中年女性エリザベートには、政治集会に参加する大学生の娘ジュディットと、詩人を志すナイーヴな高校生の息子マチアスという、難しい年頃の子供がいる。エリザベートはそれまで仕事をしたこともなかったが、二人を養うため、いつも愛聴していたラジオの深夜番組の女性パーソナリティー、ヴァンダのアシスタントとなる。仕事にも慣れてきたある日、タルラという家出娘が番組のスタジオゲストとしてやってくる。放送終了後、寝る場所もないタルラを見かねたエリザベートは彼女を家に連れて帰り、数日間という条件付きで空き部屋を提供する。タルラはエリザベートの子供たちともすぐに打ち解け、マチアスはタルラのことが気になり始める。一方、エリザベート自身にも新しい出会いが訪れるのだった……。夫との別れ、初めての就労、新たな出会い、そして子供の巣立ちを経て、主人公が自分の道を見い出すまでを、寄り添うような共感をこめて描いている。原題はLes passagers de la nuit (夜を行く人々)。

【シネマひとりごと】

 本作の中で、エリザベートの子供たちが映画館で映画を見る場面が2度ある。最初の映画はエリック・ロメール監督『満月の夜』(1984)で、その数年後に見るのはジャック・リヴェット監督『北の橋』(1981)だ。両作とも主演は女優パスカル・オジエ。折れそうなほどの細い身体に、小鳥のような高いトーンのふわふわとした話し方、いまにも泣きくずれそうな脆さの感覚が忘れ難い稀有の女優だった。ジャック・リヴェット作品でもおなじみの女優ビュル・オジエの実の娘だが、『満月の夜』を撮ってまもなく、心臓発作により25歳の若さで亡くなってしまう。『北の橋』はオジエ母娘の唯一の共演作で、日本でも昨年「ジャック・リヴェット映画祭」で久しぶりに再上映され、この母娘のコケティッシュな魅力が再確認されたことと思う。パスカルの急死は当時の映画界の大事件で、出演作品が少ないこともあって死後神格化されている。本作の家出少女タルラを演じたノエ・アビタもパスカル・オジエのイメージと重なるところがあり、亡き女優に対する監督の敬意と愛着が感じられる。アース監督にとってパスカル・オジエは80年代を象徴するアイコンだった。スマホもネットもメールもなく、コミュニケーションの手段として電話や手紙を用いることが多く、ラジオの人生相談がまだまだ人気を得ていた時代の話だ。監督の前二作、『サマー・フィーリング』と『アマンダと僕』も秀作だが、現代が舞台でありながらどことなく懐かしい雰囲気がある。1975年生まれのアース監督は80年代にティーンエイジャーとして生きたかったと語っている。本作はアース監督の80年代への憧れが凝縮した作品といえよう。

◇初出=『ふらんす』2023年5月号

『ふらんす』2023年5月号「対訳シナリオ」に、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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