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中条志穂「イチ推しフランス映画」

女同士の性愛と信仰への懐疑『ベネデッタ』

映画『ベネデッタ』


© 2020 SBS PRODUCTIONS - PATHÉ FILMS - FRANCE 2 CINÉMA - FRANCE 3 CINÉMA

監督:ポール・ヴァーホーヴェン Paul Verhoeven
ベネデッタ:ヴィルジニー・エフィラ Virginie Efira
シスター・フェリシタ:シャーロット・ランプリング Charlotte Rampling
バルトロメア・クリヴェッリ:ダフネ・パタキア Daphné Patakia

2023年2月17日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開

配給:クロックワークス

[公式HP] https://klockworx-v.com/benedetta/

 『氷の微笑』『エル ELLE』など、危険な美女を好んで描くポール・ヴァーホーヴェン監督が、同性愛の罪から宗教裁判にかけられた実在の修道女ベネデッタをサスペンスタッチで描く。修道女同士のエロスと宗教的恍惚に焦点をあてながら、聖女とも狂女とも判断不可能なベネデッタ像を大胆に作り上げて、昨年のカンヌ映画祭を騒然とさせた。

 17世紀のイタリア。幼いころから信仰心が厚く、キリストを幻視する少女ベネデッタは女子修道院に入る。十数年後、厳しい戒律の日々を送るある日、家族の虐待から逃れたバルトロメアという美しい娘がやって来る。ベネデッタはバルトロメアの奔放な魅力と誘惑に抗おうと神に祈るが、幻視からバルトロメアとの愛は神の導きだと啓示を受ける。さらに、幻視の中でベネデッタはキリストと会話し、体に聖痕が現れる。聖痕の出現により、ベネデッタは神に選ばれし者と崇められ、修道院長に就任、権力を手にしてバルトロメアとの情事も白昼堂々と行っていた。だが、その様子をのぞき穴から見ていた前修道院長が告発したことで、ベネデッタの運命は大きく変わる……。監督の前作『エル ELLE』でも、異常なまでに敬虔なクリスチャン役を演じたヴィルジニー・エフィラが、文字通り体当たりでベネデッタを演じる。女同士の性愛を生々しく描くとともに、信仰への懐疑を挑発的に投げかけた問題作である。

【シネマひとりごと】

 ヴァーホーヴェンはつねに観客を挑発するエネルギッシュな監督だ。本作は、シャロン・ストーンやイザベル・ユペールなどが演じた、道徳観ゼロの、ふてぶてしくも危険な、ヴァーホーヴェン的ヒロイン像に、悪しき聖女のキャラクターをつけ加えた。ついでに、尼僧フェチ、コスチュームプレイ好きの皆様の好奇心も満足させること疑いなし。だが、今回のヒロインには神様がついているので、ヴァーホーヴェンは宗教的冒瀆ともいえる傍若無人さで迫りながらも、ベネデッタの本性の判定は観客に委ねている。前作『エル ELLE』ではヒロインが、聖人像を運ぶ隣人の姿に欲情して手淫にふける場面があったが、今回はさらに過激だ。修道女が聖具を性具として扱う描写は、原案となっている歴史研究書『ルネサンス修道女物語』には一切見当たらない。さすがのカトリック教会もこの暴挙は容認できかねるのではないだろうか……?

 映画の冒頭は聖歌が響く厳かな雰囲気で始まり、修道院の天窓から差し込む柔らかな光の中で祈る修道女たちの姿は、まるでジョットの宗教画のように美しく、霊験あらたかな気持ちにさせてくれる。それだけに、院長室で繰り広げられる修道女同士の淫靡な行為との落差には唖然とさせられる。名優シャーロット・ランプリングやランベール・ウィルソンに、金勘定に余念のない商人まがいの聖職者を演じさせているのも意図的だ。黒いジャンヌ・ダルクともいうべきベネデッタは聖女なのか狂女なのか、はたまた男性中心の中世社会で権力を得るために闘った狡猾で聡明な女なのか? ヴァーホーヴェンの煽りにまたもや乗せられてしまう怪作である。

◇初出=『ふらんす』2023年2月号

『ふらんす』2023年2月号「対訳シナリオ」で、映画の一場面の仏日対訳シナリオを掲載しています。

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著者略歴

  1. 中条志穂(ちゅうじょう・しほ)

    翻訳家。共訳書コクトー『恐るべき子供たち』、ジッド『狭き門』

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