カンヌ受賞作のミュージカル映画が公開に
Emilia Pérezのポスター
今年のカンヌ国際映画祭で女優賞(主演4人のアンサンブル)と審査員賞をダブル受賞した、ジャック・オディアール監督の話題作、Emilia Pérezが公開になった。ミュージカル映画であることに加えて、舞台はメキシコ(といってもほとんどパリのスタジオで撮ったそうだが)、ゾーイ・サルダナ、セレーナ・ゴメス、アドリアナ・パズといったインターナショナル・キャストと、実際にトランスジェンダー女優のカルラ・ソフィア・ガスコンが、性別移行をする役柄を演じていることでも注目を浴びた。
ストーリーを聞くだけだと、正直かなり面食らうかもしれない。メキシコの麻薬密売組織のボス(ガスコン)が、念願の女性になるという夢を叶えるため、辣腕弁護士(サルダナ)を無理やり巻き込んで、自分が死んだように見せかけすべての法的な後始末を頼む。しかし首尾よくエミリア・ペレスという女性に生まれ変わった後も、家庭を持っていた彼女は、妻や子供たちに会えないことに耐えきれなくなり、再び弁護士に頼み、素知らぬふりをして家族の前に姿を現す。
いったいこんな破天荒なストーリーが成立するのか、しかもミュージカルで?と誰もが思うに違いない。しかし、それを力技で成立させてしまうだけでなく、この上なくエネルギッシュで面白く、感動的な作品に仕立てることができたのは、オディアールの力量という他はない。実際カンヌでは、パルムドールに推す声もあったほどだ。
本作をそれほど特別にしている理由のひとつは、芝居からミュージカルへの滑らかな移行と、ミュージカル・シーンの迫力が挙げられる。フランスで人気のあるシンガー、カミーユの作曲による音楽や、ルカ・グァダニーノ監督の『サスペリア』(2018)でも振り付けを務めたダミアン・ジャレによる創作ダンスも見どころ。さらに女優賞を受賞したのが頷ける俳優たちの素晴らしい演技、とくにガスコンとサルダナには目を奪われる。ペレス役のキャスティングは難航したそうだが、たしかにガスコンなしには、本作は成り立たなかっただろう。ギャングのボスとしての怖さと同時に、女性になってからの穏やかさ、母性愛をみごとに表現している。それにしても、一作ごとに異なる作風で快進撃を続けるオディアールには、脱帽という言葉しか浮かばない。