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「アクチュアリテ 映画」佐藤久理子

ベルリン映画祭金熊受賞作と、伝説のアケルマン映画

 今年2月に開催されたベルリン国際映画祭で堂々金熊賞を受賞したニコラ・フィリベール監督(『ぼくの好きな先生』)の最新ドキュメンタリー『アダマン号に乗って』が、さっそくフランスで公開になった。本誌が発売になる頃には日本でも公開されているはずだ。


N・フィリベール監督『アダマン号に乗って』のフランス版ポスター

 題名はジャン・ヴィゴの『アタラント号』を彷彿させるが、これはパリのセーヌ川に実際に停泊する船の名前。精神疾患を抱えた人々のデイケア・センターとして機能する、公的施設である。病院とは異なり患者が自由に出入りでき、さまざまなワークショップに参加したり、ただコーヒーや食事をしに寄ったりする。彼らを迎え入れるのは、専門のケアチームだ。

 フィリベール監督は彼らのありのままの姿を近距離から掬いとる。ときにユーモラスであったり、エモーショナルであったり。彼らがインタビューに答えることもあるが、その飾らない様子から、スタッフとカメラがすでにこの場に溶け込んでいることがわかる。甲板から見えるセーヌの景色、春の柔らかな光や冬の霧、船という特別な空間がもたらす開放感など、監督が「奇跡の場所」というのも頷ける、親密なぬくもりに満ちている。触れ合いという言葉の真の意味を教えてくれる作品である。

 春は新作も多いが、日本でレトロスペクティブが開催されたシャンタル・アケルマン監督の『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番地』が、2K修復版となってフランスでも再公開されたので、ここで触れておきたい。

 1975年制作の本作は、『去年マリエンバートで』(1961)や『夜霧の恋人たち』(1968)ですでにスターだったデルフィーヌ・セイリグ主演であるものの、約200分の長尺とショッキングな内容ゆえに、当時商業的な成功を収めることはなかった。買い物、掃除、息子との食事の支度などに明け暮れる平凡な未亡人が、その合間にときどき男性客を招いて、生活費を得るために体を売る。「ひとりが気楽でいい」と言いつつ、誰とも深い会話を持てない彼女の孤独とストレスがじわじわと積もっていくさまを、じっと見つめるカメラ(監督)の眼差しが秀逸。社会における女性の境遇に異を唱えた草分けの作品としても、映画史で重要な位置を占める。

◇初出=『ふらんす』2023年6月号

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著者略歴

  1. 佐藤久理子(さとう・くりこ)

    在仏映画ジャーナリスト。著書『映画で歩くパリ』

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