ヴェネチア映画祭、監督賞受賞作
カンヌ国際映画祭でパルムドールに輝いた『ディーパンの闘い』以来3年ぶりとなる、ジャック・オディアール監督待望の新作が公開された。ワールド・プレミアを迎えた9月のヴェネチア国際映画祭で監督賞を受賞し、各国のマスコミから絶賛されたニュースが伝わるなかでの、凱旋公開といった趣だ。とくに今回は、彼が初めて全編英語で描いたウェスタンという点で注目を浴びている。さらに俳優陣が、ホアキン・フェニックス、ジョン・C・ライリー、ジェイク・ギレンホール、リズ・アーメッドと、いま油がのっている芸達者がずらりと並んでいるのだから、これは興奮しない方が無理というものだろう。
パトリック・ドゥ・ウィットの原作を映画化したLes frères Sisters(混乱しそうだが、シスターズ家の兄弟という意味)は、ゴールドラッシュが始まった19世紀半ば、ある依頼を受けて西部を旅する、腕の立つ殺し屋兄弟の物語だ。道中、悲惨なのに笑いたくなってしまうようなハプニングに見舞われたり、理想家の純粋な化学者と進歩的な探偵の2人組に出会うことが、彼らの道程に影響を与える。非情な殺し屋でありながら、人間的で繊細なところもある兄弟に扮するライリーとフェニックスのコンビが、この上なく魅力的だ。弟(フェニックス)は突発的でコントロールのきかないタイプ。兄は正反対に冷静沈着だが、気の優しいところもあり、いつかこんな生活から足を洗いたいと願ってもいる。幼少期に父親に対するトラウマを負った兄弟像には、血の因縁から逃れられるのか、といったギリシア悲劇的な要素もある。スケール感、男臭い世界、打ち合いの醍醐味といった西部劇の魅力をたたえながら、栄光とはかけ離れた実存的な問題を突きつけ、時折ユーモアで重くなりすぎることを避けている。
聞けば本作のきっかけは、原作の映画化権を獲得したライリーが、古典的な西部劇とはひと味異なるものを期待して、オディアール監督に白羽の矢を立てたとか。その読みはみごとに功を奏したと言っていい。因みに本作は、撮影もすべてヨーロッパでおこなったフランス制作の作品で、その点においてもユニークなケースである。
◇初出=『ふらんす』2018年11月号