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「アクチュアリテ 映画」佐藤久理子

厳しいノエと、優しいアース監督作

 日本にも熱心なファンを持つギャスパー・ノエ監督の作品は、そのアクの強さゆえに好き嫌いが分かれるかもしれない。『アレックス』のような暴力描写の激しいものや、ダンスパーティが狂乱の一夜となる様子を縦横無尽に動くカメラで捉えた『CLIMAX クライマックス』など、肉体的な映画体験と言えるような作品が多い。

 だがその新作Vortex(「ヴォルテック」)は、これまでと打って変わり、死を前にした老夫婦を主人公に、静かでいて精神的な衝撃を与えられる。

 パリのアパルトマンにふたりだけで住む老夫婦(映画監督のダリオ・アルジェントと、『ママと娼婦』のフランソワーズ・ルブラン)は、妻が認知症を患い、映画監督の夫はその世話で仕事もままならない。時々息子が孫を連れて顔を出す以外、彼らの日常は孤独だ。そんな状態を、即興を取り入れながらドキュメンタリーのように追っている。ただしこの監督らしいのは、画面を分割し、見せ方に工夫をしていること。たとえば左右に分けた画面に夫と妻を個々に映し出し、それぞれ同じ時間に別の場所で別のことをしている様子を示したり、右と左の画面の動きがぴったりとリンクしていたり(右のポスターのように)。それによって、ドキュメンタリー的な日常の風景にスリルを加味し、独創的なスタイルに仕立てている。その巧みさに唸らされる。主演のふたりの真に迫る演技とともに、老いることの現実を突きつけられ、やるせない。


ギャスパー・ノエ監督のVortexのポスター

 厳しいノエの作品と対照的に、なんとも優しく、温かな気持ちにさせられるのが、『アマンダと僕』のミカエル・アース監督の新作Les Passagers de la nuit(「夜の訪問者」)。フランソワ・ミッテランが大統領に当選を果たした80年代を舞台に、夫と別れ、子供ふたりを抱えながら自立せざるを得なくなるヒロイン(シャルロット・ゲンズブール)の姿が、彼女が出会う人々との交流を通して語られる。この時代に思春期だったアース監督の個人的な思いが反映されているそうで、さまざまな境遇にある登場人物の多くが、優しい思いやりのある人々であることが胸に響く。不器用で純粋なキャラクターを演じるシャルロットの穏やかな魅力も新鮮だ。この時代に対する甘いノスタルジーとともに、監督の前作同様、観る者の心に灯をともしてくれる。

◇初出=『ふらんす』2022年7月号

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著者略歴

  1. 佐藤久理子(さとう・くりこ)

    在仏映画ジャーナリスト。著書『映画で歩くパリ』

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