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「アクチュアリテ 映画」佐藤久理子

カンヌの開幕を飾ったコスチューム劇


マイウェン監督Jeanne du Barryのフランス版ポスター

 第76回、カンヌ国際映画祭が5月16日に開幕し、翌日からフランスで一般公開されたマイウェンの新作 Jeanne du Barry(ジャンヌ・デュ・バリー)が、オープニング作品として披露された。本作は、ルイ15世の愛人としてヴェルサイユで名を馳せたデュ・バリー夫人を描き、マイウェン自身がヒロイン役を、ルイ15世にジョニー・デップ、後のルイ16世にマイウェンの息子ディエゴ・ル・フュールが扮する他、コメディ・フランセーズの団員バンジャマン・ラヴェルヌ、メルヴィル・プポー、パスカル・グレゴリー、ピエール・リシャールらが脇を固める。

 最近元妻との裁判で勝訴したデップの参加が、一部フェミニストの反感を買っていたものの、映画自体はデュ・バリーの視点から宮廷を描いた、女性映画と言える。貧しい私生児として生まれたジャンヌが成長し、教養や処世術を身につけながら貴族たちを愛人にして“出世”する。やがて国王ルイ15世に謁見する機会に恵まれた彼女はあっさり彼を虜にし、妾(めかけ)として公的にヴェルサイユに招聘(しょうへい)される。

 一般的には悪女として語られることが多いデュ・バリーだが、本作ではルイ15世に恋し、尽くす純粋な女性として描かれる。運命に抗い、宮廷の不条理なしきたりに反抗しながら、自分なりの生き方を貫こうとするところに、マイウェンが強い共感を持ったという。

 ルイ15世役は当初、フランス人俳優に打診したものの断られたそうで、そこからマイウェン自身が憧れる俳優を考えたところ、デップが浮かんだとか。もちろん彼もフランス語のセリフを喋(しゃべ)るわけだが、さすがに徹底した役作りで知られる名優らしく、英語訛(なま)りがまったくないことにまず驚かされる。さらに言葉よりも眼差しや物腰で表現する繊細な演技にはやはり目を奪われずにはいられない。

 デップのみならず脇役陣、とくに王の世話係であるラ・ボルドに扮した、ラヴェルヌの的確な演技は特筆に値する。

 ヴェルサイユでロケをした豪華絢爛な映像、ドラマチックな要素とユーモア、辛辣さがバランスよく融合し、昔の言い回しにこだわらない適度な現代性が魅力を放つ。弱点を探すとしたら、自作自演のマイウェンの個性が強すぎるゆえにどうしても馴染めない、と観客が感じるリスクがあることだろうか。いずれにしろ、カンヌの話題作の1つとして耳目を集めた。

◇初出=『ふらんす』2023年7月号

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著者略歴

  1. 佐藤久理子(さとう・くりこ)

    在仏映画ジャーナリスト。著書『映画で歩くパリ』

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