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「アクチュアリテ 映画」佐藤久理子

2017年5月号 ふたりのカトリーヌ

ふたりのカトリーヌ

 カトリーヌ・ドヌーヴとカトリーヌ・フロ。どちらもフランス映画を代表する女優であることは言わずもがな。フロは長いあいだ脇役のイメージが強かったが、『アガサ・クリスティの奥さまは名探偵』あたりから主演女優として注目を集め、昨年は『偉大なるマルグリット』でついにセザール賞主演女優賞を射止めた。もっとも、ふたりのカトリーヌがいままで共演したことがなかったというのは驚きだ。

 そんな記念すべき新作が『サラフィーヌの庭』『ヴィオレット ある作家の肖像』で知られるマルタン・プロヴォ監督のSage Femmeである。〈賢い女性〉とは、助産婦のこと。フロ演じる助産婦クレールが、父親を捨てて家を出て行ったきりの継母、ベアトリスからある日突然電話をもらう。会いたいと言われるものの、クレールはベアトリスを嫌悪していた。彼女のせいで父親が自殺に追い込まれたからだ。だが、なぜ今頃ベアトリスが電話をかけてきたのか、クレールは疑問に思う。

 プロヴォ監督がふたりの女優を念頭に脚本を書いたというだけに、それぞれの役柄が他には考えられないというほどにはまっている。クレールは一人息子を抱えたシングルマザーで、他人に献身的なあまり自分の生活を顧みる時間がない。化粧っ気もなく浮いた話もないが、その凛とした人柄で職場での信望も厚い。こういう一見地味な女性の魅力と真価を表現するのが、フロはとてつもなく巧い。一方ベアトリスは正反対に奔放で、身勝手であり、恋に生き、毎日がギャンブルのような生き方をしていた。それでもどこか憎めない、監督が言うところの“あらゆる決まりを超越した存在”を、ドヌーヴが魅力たっぷりに演じる。コインの表と裏のようなふたりの触れ合いはやがて、互いに欠けていたものを補い、変化を促す。赤い紅をさすようになったクレールには女性としての喜びを、ベアトリスには地に足がついた生活の尊さを理解させてくれるのだった。

 これまでも個性的な女性映画を作ってきたプロヴォ監督は、フェミニストではないかと思えるほどに、さまざまな女性像を愛情豊かに、繊細に描く。その視線は彼女たちに寄り添い、内側にある苦悩や迷いを掬いとり、そっと差し出す。そこに観客は少なからず自分と似た感情を見出だし、共感させられるのではないか。クレールもベアトリスも、タイプや生き方は異なれど痛みを抱えている人間であることに違いはないから。

 本作はまた、他人の過ちを赦せるか否かというテーマも含んでいる。おおらかに、観る者を包み込んでくれるような作品だ。

 

◇初出=『ふらんす』2017年5月号

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著者略歴

  1. 佐藤久理子(さとう・くりこ)

    在仏映画ジャーナリスト。著書『映画で歩くパリ』

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