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「アクチュアリテ 映画」佐藤久理子

夏はユスターシュ特集とともに


ジャン・ユスターシュ特集のポスター

 フランスでは夏になると、旧作の再リリースや特集上映が名画座でおこなわれるのが習慣だ。最近は4Kや8Kに修復した綺麗な映像で観られることが多いので、未見のものなどをこの機会に発掘するのも楽しみである。

 今夏の話題のひとつはジャン・ユスターシュの特集上映である。『ママと娼婦』(1973)でポスト・ヌーヴェル・ヴァーグの気鋭と目されながら、42歳で自死した孤高の監督の作品は、短編、中編が多いこともあり、今日ではあまり観る機会がなかった。本特集では昨年4Kに修復された『ママと娼婦』をはじめ彼の全作品を上映。なかでも1974年に撮られた長編『ぼくの小さな恋人たち』は、13歳を迎える少年の異性への興味を描いた自伝的な物語として知られる。この監督の作品のなかでは実験性が控えられ、もっとも率直で瑞々しい仕上がりになっている。

 新作のなかで目立ったのは、フランスを代表する女性サッカー選手として知られるマリネット・ピションを描いたMarinetteだ。幼い頃からサッカーに興味を持っていた彼女は地元のクラブを皮切りに才能を発揮し、仏女子選手として初めてアメリカのプロ・サッカーチームにもスカウトされる。2007年に引退するまでフランスの112選抜試合中、81本のゴールを決めた記録は、男子女子を併せ2020年まで破られることがなかった。

 これが2作目の長編にあたるヴィルジニー・ヴェリエール監督のアプローチは、リアリスティックな部分と適度にエンターテインメントな部分が融合している。マリネットがフィラデルフィアのクラブに移り、映画『ロッキー』に出てくる名所“ロッキー・ステップ”をロッキー・バルボア同様に駆け上がるシーンは、オマージュと言えるだろうか。

 見所はしかし俳優に拠るところが大きい。ヒロインに扮したガランス・マリリエール(『RAW~少女のめざめ~』2016、『TITANE/チタン』2021)の凛々しいプレイヤーぶりとともに、母親役の演技派、エミリー・デュケンヌの存在が、映画に重みをもたらしている。

 しかし本作を観てあらためて思ったことは、フランスはいまだに女子サッカーはプロとして認められていないという事実だ。つまりそれだけ社会保障は不十分で報酬も低い。アメリカはもとより、イギリス、スペイン、イタリアなど、女子サッカーをプロとして認知している国があるなかで、フランスはまだまだ男性優位主義の側面があることを考えさせられた。

◇初出=『ふらんす』2023年9月号

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著者略歴

  1. 佐藤久理子(さとう・くりこ)

    在仏映画ジャーナリスト。著書『映画で歩くパリ』

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