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「アクチュアリテ 映画」佐藤久理子

カンヌでプレミアを迎えたカラックス作品など

C’est pas moiの ポスター

 今年のカンヌ国際映画祭のパルムドールは、誰もが予想していたイランのモハマド・ラスロフ監督による体制批判の映画、The Seed of the Sacred Fig(聖なるイチジクの種)〈特別賞受賞〉ではなく、米ショーン・ベイカー監督によるフィールグッドな作品、ANORA(アノーラ)にわたる意外な結果になった。尤も、審査員長がベイカー同様に米インディペンデント出身のグレタ・ガーウィグだったため、彼女の影響力が強かったようだ。
 フランス勢ではトランス俳優を主演にしたジャック・オディアールのエネルギッシュなコメディ・ミュージカル、Emilia Pérez(エミリア・ペレズ)が、審査員賞と女優たちのアンサンブルに対して女優賞を授与された。またフランス人監督コラリー・ファルジャがアメリカでデミ・ムーアを起用して撮ったホラー、The Substance(薬物)は、脚本賞に輝いた。
 コンペティション中、すでにフランスで公開されたのはクリストフ・オノレ監督のMarcello Mio(わたしのマルチェロ)だ。これまでもタッグを組んできたキアラ・マストロヤンニを主演に、彼女自身の生い立ちをフィクションとして映画化したコメディ。すなわち、マルチェロ・マストロヤンニとカトリーヌ・ドヌーヴの娘として生まれた女優のキアラが、ある日自分の人生に嫌気がさし、これからは父マルチェロとして生きようと、男装をして父になりすます、という奇想天外な物語だ。マストロヤンニ親子と映画そのものに対する監督のラブレターのような作品で、ドヌーヴや、キアラの元パートナーのメルヴィル・プポーなど、私生活でも親密な人々が脇を固める。キアラが『甘い生活』(1960)で父親が演じたようにトレヴィの泉に浸かるシーンはシネフィルの胸を焦がすものの、話がシュールすぎてカンヌでの評判はいまひとつだった。
 カンヌ・プレミア部門で上映されたレオス・カラックスの中編C’est pas moi(それはわたしではない)も、劇場公開された。題名は反語的で、監督自身のノスタルジックな回想を含みつつ、ゴダール風のコラージュや語りで御大へオマージュを捧げながら、二十世紀の戦争の歴史を現在と対比させる。ムッシュ・メルド(ドニ・ラヴァン)とカラックスが公園を散歩するユーモラスなシーンや、ベイビー・アネットの疾走には、ファンなら胸が熱くなるに違いない。

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著者略歴

  1. 佐藤久理子(さとう・くりこ)

    在仏映画ジャーナリスト。著書『映画で歩くパリ』

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