話題作が続く、活気が戻ったフランス映画界
7月からようやく映画館の定員規制がなくなり、晴れて以前の活気が戻った映画業界は、引き続き新作ラッシュが続いている。注目を集めているのは、『燃ゆる女の肖像』のセリーヌ・シアマの新作Petite maman(「小さなママ」)、ブノワ・ジャコがシャルロット・ゲンズブール主演でマルグリット・デュラスの小説を映画化したSuzanna Andler(「シュザンナ・アンドレール」)、ヴァンサン・マケーニュがハードなフィルム・ノワールに挑んだエリー・ワジュマン監督のMédecin de nuit(「夜の医者」)あたり。
シアマの作品は、ふたりの少女の出会いを描いたシンプルな作品に見えてじつは、物語にタイムカプセル的な要素を取り入れ、寓話を盛り込んでいる。亡くなった祖母の田舎の家を母と訪れたネリーは、母と同じ名前を持つ自分と同年齢の娘と出会う。森に秘密の小屋を作るふたりは徐々に親しくなるが、ネリーの母親が家を去ると不思議な現象に見舞われる。大仰なCGIなどを使うことなくして、幻想的な世界を詩情豊かに描き出しているのがこの監督らしい。
Suzanna Andlerはいかにもデュラスらしい、ブルジョワジーの欺瞞と虚栄のセリフに満ちた会話劇だ。避暑地の別荘を舞台に、人妻と年下の愛人の、不毛な関係を見つめる。ほとんど密室劇なうえ、クローズアップを多用しているだけに、息苦しさを感じさせる面もあるものの、滑らかなカメラワークと陰影に満ちた映像がリズムをもたらしている。音楽に尺八を使用している点が新鮮。ちなみにジャコ監督はデュラスの晩年、アシスタントを務めており、本人から映画化を勧められていたという。
Médecin de nuitは、これまで繊細で気弱な男を演じることが多かったマケーニュが一転、かつてのリノ・ヴァンチュラのようなハードボイルドなオーラを見せる。夜間の出張医師であるミカエルの患者は、ワケありの人々やドラッグ中毒者が多い。日陰の人々に手を差し伸べる彼はしかし、ある事件をきっかけに抜き差しならない状態に追い込まれる。
夜のシーンが多いなか、艶やかなネオンと闇のコントラストが美しく、そこに生きる人々の孤独を浮き彫りにする。19区、20区などの、ふだんあまり映画で見られないパリのエリアを映し出しているのも魅力的である。
ヴァンサン・マケーニュ主演のMédecin de nuitのポスター
◇初出=『ふらんす』2021年8月号