話題の人、ドパルデューによるメグレ
ロシアのウクライナ侵攻を受けて、ウクライナを支持する声が、映画界でも次々に上がっている。カンヌ国際映画祭は次期5月の開催について、ロシア政府の公式代表団も、政府に関連したいかなる申請も受け入れないことを発表した。また併設部門の「監督週間」と「批評家週間」、フランス独立映画配給協会(ACID)も共同で、ウクライナへの支持を表明。ロシア公式代表団を受け入れないとする一方で、国籍に拘らず自由のために声を上げる作品に門戸を開く姿勢を明らかにした。大手スタジオや配信系では、ロシアへの投資や映画配給を一時停止する動きも出ている。さらにプーチン大統領と親しく、フランスの重税を逃れロシア国籍を取ったジェラール・ドパルデューは、ロシア軍の侵攻後に意見を翻し、戦争反対を唱えた。
さて、そんなドパルデューだが、ここにきて新作の公開が続いている。先出の発言は、そんな状況を鑑みた人気取りかどうかはともかく、出演作の興行に陰りはないようだ。若手人気コメディアン、ケヴ・アダムと共演したコメディMaison de retraite(「老人ホーム」)は2週間で135万人の集客となり、ジョルジュ・シムノンが創作した有名なキャラクター、メグレ警視に扮したパトリス・ルコント監督のMaigret(「メグレ」)は1週目で23万人を集客。さらにコンスタンス・メイエール監督の長編2作目にあたるRobuste(「逞しい」)では、峠を越えた俳優を自嘲的に演じ評価を得ている。
ルコント監督、ドパルデュー主演のMaigretのポスター
ここでルコント作品について、もう少し触れておきたい。メグレ警視と言えば、フランスではジャン・ギャバンが扮した3作品が知られる他、ブリュノ・クレメールが演じたテレビシリーズも人気だった。日本でも70年代に愛川欽也がテレビシリーズで演じたほど有名なキャラクターだ。もっとも、どっしりした体格、何事にも動じない性格や食いしん坊な人物像はドパルデューにぴったりで、これまで演じていなかったのが不思議なほど。
一方、ルコント監督はすでに『仕立て屋の恋』でシムノンの原作を取り上げているほど大のシムノン・ファンとして知られている。このところコメディやアニメ作品が続いていたが、今回は久々に重厚なフィルム・ノワールの様相を呈している。
本作が下敷きにしたのは、「メグレと若い女の死」。あるとき若い女の惨殺死体が発見され、メグレが捜査に乗り出す。田舎からパリにひとり出てきた若い娘が巻き込まれた不幸な事件の真相を知り、過去に娘を失くしているメグレの心が引き裂かれる。
悲しみを背負い、黄昏れた雰囲気を出すドパルデューを捉えた暗い色調の映像に、ルコントの美学が表れている。サスペンスがありながらも、いささか平板な印象を受けるのは、時代性を反映したスローなテンポのせいかもしれない。
◇初出=『ふらんす』2022年5月号