もっとも愛された女性政治家の伝記映画
シモーヌ・ヴェイユと言えば、フランスで人工中絶の自由を合法化させ、女性として初の欧州議会議長も務めた著名な政治家であり、ナチスのアウシュヴィッツ強制収容所からの生還者としても知られる。2017年に亡くなると、偉人たちが祀られるパリのパンテオンに埋葬され、メトロの駅名にもなったほど、その功績は称えられている。
そんな彼女の生涯がついに映画化された。メガホンを握ったのは、『エディット・ピアフ~愛の讃歌~』のオリヴィエ・ダアン。ヴェイユ役は10代から20代をコメディ・フランセーズの女優、レベッカ・マルデールが、その後をエルザ・ジルベルスタインが演じている。
映画Simoneは晩年の彼女の回想という形で、幸福な子供時代が突如奪われ、16歳で母、姉とともに収容所に送られ、終戦を経て奇跡的に生還するエピソードと、その後家庭を持ちながら政治家として躍進を続ける様子が、フラッシュバックを用いて交互に描かれる。彼女の政治家としてのあり方の根幹に悲惨な収容所体験が根を下ろしていたこと、そんな負の体験をしかし限りない原動力に換えることで、多くの偉業を成した姿が伺える。それだけに収容所のシーンは避けがたいものの、ダアンは賢明に、これまで様々な映画で繰り返されてきた惨劇の描写を避け、必要最小限の要素で悲惨さを伝える。細かいフラッシュバックが全体の流れをいささか断続するきらいはあるが、それを補って余りあるのが女優たちの素晴らしさだ。とくにジルベルスタインは晩年のヴェイユに扮するため、1年掛けて彼女を研究し、9キロ太り、7時間近くのメークアップに耐えたという。その上で、形にとらわれず内面から滲み出る情感を伝えている。
ダアン監督Simoneのポスター
一般的に伝記映画にアレルギーのあるフランスのプレスの反応は分かれているが、公開初日で14万2572人の動員を記録し、トップに立った。
ミア・ハンセ=ラヴの新作Un beau matinも、素晴らしい女優の演技が作品を牽引する。「レア・セドゥを、幻想なしに生身の人間として撮りたかった」と監督が語るように、素のままのような彼女が呼吸し、涙し、感情に身を任せる。その様子にただ目を奪われる。監督が実体験から書いたシナリオは、アルツハイマーの父の看病に明け暮れるシングルマザーの物語で、旧友(メルヴィル・プポー)との偶然の再会が彼女に欲望をもたらす。表裏一体の生と死を見つめ、普遍的な説得力を擁する。
◇初出=『ふらんす』2022年12月号