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「アクチュアリテ 映画」佐藤久理子

異才を放つ、ふたつの才能

 7月から来年にかけて、約8か月にわたりフランス国内で開催されるジャポニスム2018が開幕した。日仏修好通商条約160周年を記念し、さまざまな文化イベントが行われるなか、映画のプログラムとしてはパリのシネマテークと日本文化会館で、戦前から現代に至る日本映画の一大レトロスペクティブが開かれる。オープニングには、河瀬直美監督の『Vision』(仏題はVoyage à Yoshino(「吉野への旅」)で11月公開予定)が上映され、河瀬監督と主演のジュリエット・ビノシュも駆けつけて注目を集めた。

 ちなみにシネマテークでは6、7月にスタジオジブリ特集も開催し、子供向けに全仏語吹き替え版による宮崎駿、高畑勲、森田裕之監督の作品が上映された。今年のカンヌで是枝裕和監督の『万引き家族』(フランス公開は年末)がパルムドールを受賞したのは記憶に新しいが、その余波もあり、ここにきて再び、フランスにおける日本映画への注目度が増している印象を受ける。

 夏は通常ファミリー映画が多くなるなかで、今回は異色の若手監督ふたりの作品を紹介したい。こちらも今年のカンヌで披露されたヤン・ゴンザレスのUn Couteau dans le Coeur(「心臓にナイフ」)と、ミスター・オイゾという名のミュージシャンとしても知られるクエンティン・デュピューのAu Poste!(「留置場へ!」)だ。両者とも大のシネフィルでありながら、ジャンルを逸脱するような作風であり、ともに70年代を舞台にしている。


Un couteau dans le cœurのポスター

 ゴンザレスの作品は、ゲイのポルノ映画を制作する同性愛者の辣腕プロデューサー(ヴァネッサ・パラディ)を主人公に、彼女の失恋の行方と、何者かによって俳優たちが次々と殺されていくサスペンスが平行して語られる。アンダーグラウンドな怪しい雰囲気のなかに、スプラッターとファンタスティックな要素が融合。他の監督からの影響を随所に感じさせながらもオリジナルなものに昇華している。

 まるで「刑事スタスキー&ハッチ」のような雰囲気のポスターが印象的なデュピューの新作は、取り調べをする刑事と容疑者のナンセンスな対話によるシュールなコメディ。この監督はこれまでにも、意志を持つ殺人タイヤを描いた物語(Rubber「タイヤ」)など、ユニークな設定と調子外れなトーンの実験的な作品を手掛けてきた。本作でもそのセンスを70年代のレトロな雰囲気のなかに落とし込み、独特の味わいを醸し出す。

 好き、嫌いを強烈に分けるタイプではあるものの、あえて非商業的な映画作りを選びながら独自のスタイルを築くふたりの存在は、フランス映画界のなかでも際立って異色と言える。

◇初出=『ふらんす』2018年9月号

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著者略歴

  1. 佐藤久理子(さとう・くりこ)

    在仏映画ジャーナリスト。著書『映画で歩くパリ』

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