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「アクチュアリテ 映画」佐藤久理子

フランス映画界は危機から脱せられるか

 今年の夏は、フランスの映画館が危機に見舞われた。ただでさえ夏になると、バカンスで客足が少なくなる上に、今年は新型コロナウイルスの影響で、公開を秋に延期した作品が続出したため、夏に掛ける新作がほとんどないという事態に至ったのだ。とくにアメリカの娯楽大作やアニメ映画がなくなったことで、大型シネコンが煽りを受けた。パリでは、7つのスクリーンを持ち、最大2700人を収容するシアターを擁する、ヨーロッパでも有数の大型シネコンLe Grand Rexが、外出制限明けの再開から一か月半ほどで、8月下旬まで休業を宣言。お客が集まらず、「従業員に給料を払い続けるよりは、閉めた方がまだ安上がり」ということで、異例の決断になったとか。また統計によれば、映画館再開以来、最大で90パーセントの客足を失ったところもある。

 観客がコロナ感染を恐れて映画館に来なくなったというよりは、新作の欠如とバカンスのWパンチに因るようだが、シニア層の常連が多い名画座なども苦戦しているところを見ると、やはりコロナの直接的な影響もないとは言えない。

 ともあれ、この危機的状況に対して国立フランス映画連盟は、政府とCNC(国立映画映像センター)にさらなる援助を申し出た。果たして、秋の新作公開とともにどの程度客足が戻るのか、しばらく静観するしかないようだ。

 夏の終わりに公開された注目作は、今年のベルリン国際映画祭で70周年記念賞を受賞した、ブノワ・デレピーヌとギュスタヴ・ケルヴェルン監督によるEffacer l’historique(「履歴削除」)だ。この監督たちの作品は、たしか日本ではまだ劇場公開されていなかったと思うので、一般的には知られていないだろうか。かなりオフビートで特有のユーモアに貫かれているので、万人向けとは言い難いかもしれない。

 新作はいわば、「人生のルーザーたち」が集まったような作品だ。地方の分譲住宅に住む3人の隣人たちは、失業や金欠など、それぞれに問題を抱えるなかで、インターネットとSNSにハマっていく。やがて抜き差しならない事態になったことで、彼らは協力してネット企業を相手に闘おうとするのだが。

 のんびりとしたリズムに調子っぱずれなジョーク、あるいは登場人物が突然キレて怒り出す、といった情景が淡々と続くなかで、人間の哀しき性さがや憎めない面が浮き彫りにされる。ルーザーへの温かい眼差しや、ネット社会を痛烈に皮肉ったテーマなど、全体を俯瞰すればユニークな野心作だが、このオフビートなテンポと独特の笑いについていけるか否かで、評価が分かれるところだろう。ともあれ、すでに15年以上もふたりで制作をしてきた型破りなコンビとして、監督の名前を頭に刻んで頂ければと思う。

◇初出=『ふらんす』2020年10月号

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著者略歴

  1. 佐藤久理子(さとう・くりこ)

    在仏映画ジャーナリスト。著書『映画で歩くパリ』

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