時代の空気を掬いとるセドリック・クラピッシュ監督の新作
『スパニッシュ・アパートメント』や『ロシアン・ドールズ』で知られるセドリック・クラピッシュ監督はつくづく、時代の空気を掬いとるのが巧いと思う。こう書くと、まるでつねに旬なトピックを漁っている監督のようなイメージを抱くかもしれないが、そうではなく、これは彼自身が巷にしっかりと根ざし、庶民の感覚のなかで生きているからだろう。映画作りを通して自分を語りたい監督が多いフランス映画界のなかで、彼の場合はつねにその視野のなかに他者、異なる階層、異なる世代の人々の存在をちゃんと捉えていることを感じさせる。要するに、彼の作品には他者を思うぬくもりがある。
その新作Deux Moi(「ふたつの自分」)も例外ではない。30歳のレミとメラニーは、互いに地方からパリに出て、一人暮らしをしている隣人同士。だが、しょっちゅう同じ店に寄り、何度もすれ違っているにも拘らず、一度も挨拶をかわしたこともなければ、目に留めることすらない、近くて遠い他人だ。そんなふたりのすれ違い生活が描かれるなかで、パリに生きる若者の孤独が浮き彫りにされる。とくに都会ではコミュニティの絆が失せる一方で、流行の出会い系アプリを使って簡単に人と出会え、肉体的欲望も適当に満たせるお手軽な世の中だからこそ、真の触れ合い、深い人間関係を築くのは難しくなっているのではないか、ということを本作は問いかける。主人公たちがクリスマスをひとりで過ごしたり、実家に帰ってはみたもののその雰囲気に馴染めない姿に、共感する観客も少なくないかもしれない。とはいえ適度にユーモアが混ざり、どこか希望が残るところは、この監督ならではだ。
主演のふたりは監督の前作、『おかえり、ブルゴーニュへ』からの続投となる、アナ・ジラルドとフランソワ・シビル。どうやら彼らはクラピッシュ組の一員になったようだ。因みにクラピッシュ映画の常連で、『猫が行方不明』のマダム・ルネ役が印象的だった、今年100歳を迎えたマダム、ルネ・ル・カルムの最後の勇姿も本作で拝むことができる。残念ながら彼女は撮影後、6月に他界したという。マダム・ルネこそは、クラピッシュが理想としたコミュニティを象徴するような存在だった。ご冥福を祈りたい。
◇初出=『ふらんす』2019年11月号