パンデミック後の歴史的カンヌ
パンデミックの影響で7月に開催されたカンヌ映画祭は、ジュリア・デュクルノーのフランス映画Titane(「チタン」)がパルムドールに輝き、ジェーン・カンピオンの「ピアノ・レッスン」に続き、2人目の女性監督のパルム受賞となった。またオープニングを飾ったAnnette(「アネット」)のレオス・カラックスが監督賞を授与されたほか、コンペティション唯一の日本映画である濱口竜介の「ドライブ・マイ・カー」が、脚本賞を受賞した。
フランス映画は他に、フランソワ・オゾンのTout s’est bien passé(「万事快調」)、カトリーヌ・コルシニのLa Fracture(「骨折」)、ミア・ハンセン=ラヴのBergman Island(「ベルイマン・アイランド」)、ジャック・オディアールのLes Olympiades(「オランピアド」)、ブリュノ・デュモンのFrance(「フランス」)がコンペティションに並び、24本中7本を占めた。名前だけを見てもかなり強力なメンツである。
この強豪を出し抜いたTitaneは端的に言えば、デヴィッド・クローネンバーグとギャスパー・ノエと塚本晋也の「鉄男」を足して割ったようなホラー・ジャンル。パルムドールとしては異色の選択だが、独創的な世界観によるパワフルな作品の力と、新しい才能を祝福する意図でポイントが高かったのかもしれない。子供時代、他人と異なる感覚を持ったヒロインが、車の事故で頭にチタンを入れて以来、数奇な運命をたどる。ストーリーの整合性よりもヴィジュアルの力で見せるタイプの監督だ。
Titane同様、Annetteもカンヌと同時にフランスで一般公開を迎えた。9年ぶりのカラックスの新作は、アメリカを舞台に、前作「ホーリー・モーターズ」のスケールを拡大したようなミュージカル。オリジナル・ストーリーの原案はカラックスが愛するバンド、スパークスによるもので、音楽も彼らが担当した。
ハリウッドの人気コメディアンとオペラ歌手が出会って恋に落ち、娘が生まれるものの、不思議な力を持った彼女の存在が夫婦に影を落とす。主役はこれまでのドゥニ・ラヴァンからアダム・ドライバーに引き継がれ、相手役にはマリオン・コティヤールが抜擢された。娯楽性がある一方で、さまざまなディテールにこの監督らしさが表れ、やはりカラックス映画だと実感させられる。
今回は、ワクチン接種者以外は48時間ごとのPCR検査の証明が一部の会場で必要になるなど、厳しい衛生条件のなかで、無事に終幕を迎えた。サプライズのパルムドールと合わせて、カンヌ史上歴史的な年として記憶されるだろう。
◇初出=『ふらんす』2021年9月号