ゴダールの一大レトロスペクティブ
2020年のフランス映画界は、ジャン=リュック・ゴダールで幕を開けた。といっても新作の公開ではなく、パリのシネマテークにおける特集上映の開催である。初長編『勝手にしやがれ』の公開から60年の今年、90歳を迎える巨匠を讃えるに相応しく、シネマテークの威信をかけた、2か月にわたる大々的なレトロスペクティブだ。
1月9日のオープニングは、残念ながら昨年末に他界したアンナ・カリーナの主演作『女と男のいる舗道』(*当初カリーナの登壇が予定されていた)が披露され、期せずして彼女を追悼する形となった。またジャン=ピエール・レオーやイザベル・ユペール、ナタリー・バイといった俳優たちが、自身の出演作の紹介で登壇する他、ゴダール研究の大家であるアントワーヌ・ドゥ・ベックやアラン・ベルガラら批評家によるシンポジウムも開催。さらにゴダール作品のみならず、パートナーのアンヌ=マリー・ミエヴィルの作品や、他の監督の手によるドキュメンタリー、マニアックなところでは、『ゴダールのリア王』でゴダール自身が翻訳を付け加えたスイス版や、プロデューサーのカルロ・ポンティの手でずたずたに編集し直された(!)『軽蔑』のイタリア版などの上映もある。とにかく、短編やドキュメンタリーを含め、ゴダールにまつわるあらゆる作品を集めたといって過言ではない。
さらに最終日の3月1日には、「ゴダールとの対話」も企画されており、チケットは発売と同時に即、売り切れる人気ぶりだった。
近年はめっきり人前に出ることもなくなった巨匠だが、『イメージの本』を披露した2018年のカンヌ国際映画祭の記者会見では、なんとFaceTime を使ったビデオ会見をおこない、記者の質問に応対したのが話題になった。ゴダールは、「映画とは、“成されなかったこと” について語ること、フェイスブックに載らないことを見せるもの」「自分にとっては編集が最初にありきで、撮影がポスト・プロダクションだと気付いた」「音はたんに映像の伴奏ではない。音と映像を切り離すことに興味がある」といった彼らしい意見を開示した。さらに印象的だったのは、「これからも映画を撮り続けたいか」といった質問に対して、「足や手や目の具合に拠るよ」と言いつつも、「そのつもりだ」と、珍しく語気強く返事をしていたことである。
どうやら現在すでに、ナチスによるユダヤ人虐殺をテーマにしたドキュメンタリーに着手しているようで、孤高の闘士とも言えるその変わらぬ情熱と鋭意な批評精神は、まさに生きる伝説と呼ぶに相応しい。
◇初出=『ふらんす』2020年3月号