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「アクチュアリテ 映画」佐藤久理子

妥協なきフランソワ・オゾン監督の新境地

 一作ごとにスタイルを変え、つねにチャレンジ精神を失わないフランソワ・オゾン監督が、再び我々を驚かせてくれた。今度の新作は実話を元にした、彼にとっては初の社会派映画。今年2月のベルリン映画祭のコンペティションに出品され、みごと審査員グランプリを受賞した。

 題材は、80~90年代に起きたフランス人の司祭ベルナール・プレナによる、児童への性的虐待を扱っている。当時の被害者が、およそ30年たった後に、他の被害者たちとともに協会を作り、2016年1月に訴えを起こしたことに端を発したもの。当時からこの事件に興味を持っていたオゾンは、被害者やその家族たちに会って話を聞き、入念なリサーチをおこなったという。そうして出来上がった新作Grâce à Dieu(神の恩寵のもとに)は、これまでのオゾン映画に見られたようなファンタジーや諧謔性は影を潜め、すべて語られていることに基づいた・・・・・・・・・・・・・・・・、ドキュメンタリー・タッチの作品に仕上がっている。

 実際は70人以上の被害者がいると言われるなか、オゾンは何人かのモデルを組み合わせて3人のメイン・キャラクターを作り出した。結婚して子どももいるアレクサンドルは、現在も忠実な信者だが、かつて自分を性的に虐待した司祭がいまも子どもたちと活動していることを知り、訴えを起こすことを決意する。彼の地道な調査は、やがてフランソワとエマニュエルを始めとする、他の犠牲者たちにたどり着く。事態に無関心な教会全体に対しても怒りを抱く彼らは、被害者の会を組織し、マスコミにも大きく報道されるが、その一方で、私生活に障害をきたすなど、さまざまな困難を余儀なくされることになる。

 映画は対象と冷静な距離を保ちつつも、登場人物それぞれの痛みを見つめ、積年のトラウマが、石のように重く彼らの人生を圧迫していることを描き出す。サポートする家族がいる一方で、人によっては肉親からも疎外される者がいることは、観る者を絶望的な気持ちにさせるかもしれない。とりわけ権威の上にあぐらをかき、モラルの欠如した教会の尊大さは、ショッキングなほどだ。

 フランスでは2月20日に公開になったものの、じつは直前になって、プレナ司祭側から公開延期の訴えが起こされた。裁判はまだ係争中にも拘らず、映画の公開は自分の有罪を印象づける、というのが彼の言い分だ。もっとも、この訴えは退けられ、映画は3週間で65万人を超える動員を集めた。さらに公開後、プレナの上司にあたるバルバラン枢機卿が、性的虐待を隠蔽したとして有罪判決を受けた。妥協なきオゾン監督の姿勢に、あらためて魅了される。

◇初出=『ふらんす』2019年5月号

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著者略歴

  1. 佐藤久理子(さとう・くりこ)

    在仏映画ジャーナリスト。著書『映画で歩くパリ』

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