大器を予感させる、フランス映画界の新世代のホープ
日本に帰るたびに、フランス映画でいま話題の新人監督や役者は誰かと訊かれる。そこでいつも答えに窮するのが男優だ。たしかに活躍している若手はいるものの、その作品がほとんど日本に配給されていない、あるいは日本で受けるタイプではないかもしれない、といった理由でなかなか答えが見当たらないのである。気付けば日本でも知られるようになったルイ・ガレル(『グッバイ・ゴダール!』/ 35歳)やニール・シュナイダー(『汚れたダイアモンド』/ 31歳)はすでに三十を超え、新人というわけではない。果たして20代のフレッシュな才能は……。
だが、そんな答えにぴったりの逸材が現れた。フランスでは売れっ子と言えるヴァンサン・ラコスト、25歳。今年の東京国際映画祭でグランプリを受賞した『アマンダ』に出ているので、ご記憶の方もいるかもしれない。16歳で映画デビューを果たし、すでに20本以上の作品に出ているので、新人扱いするのはいささか申しわけなくもあるのだが。
『アマンダ』
デビュー作はカンヌ映画祭の監督週間部門に出品されたLes Beaux gosses(「美しきガキども」)。女の子を前に心身ともにモヤモヤする思春期の少年を微笑ましく描いたコメディで、フランスで成功を収めた。クラスの人気者タイプとは対照的な、ちょっとぼんやりした三枚目の味が特徴的なラコストは、その後も『カミーユ、恋はふたたび』『EDEN エデン』など順調に出演作を増やし、今年カンヌのコンペティションに出品されたクリストフ・オノレの新作Plaire, aimer et courir vite(「愛され、愛し、駆けぬける」)で、再び大きな注目を集めた。エイズが流行する1990年を舞台に、HIV ポジティブの作家(ピエール・ドゥラドンシャン)と若い青年のせつないロマンスを描く。ラコストの、ゲイに見えながらもカリカチュアに陥らない、自然な演技がリアリティをもたらし、洒脱でいてシリアスな作風とともに評価された。
『アマンダ』は、テロで姉を失い、7歳の姪の保護者となった青年と姪の姿を通して、喪失感と家族の絆、再生を描いた物語。自分の面倒をみるだけで手一杯のような青年が、悲しみを抱えながら手探りで毎日を生きて行くさまをラコストが表情豊かに演じ、ドラマを牽引する。
この秋にはさらにもう一本、競争の激しい医学生の過酷な日常を描いたPremière Année(「フレッシュマン」)という出演作も公開になった。
正統的二枚目とは異なるどこかとぼけた味、抜群のコメディ・センス、それでいて抑えた演技でシリアスな役柄もこなせる幅広い演技力。何より人間的な魅力のある味わい深い俳優だ。果たして日本では人気が出るだろうか。
◇初出=『ふらんす』2019年1月号