秋の映画シーズンはこの作品から
L’Été dernierポスター
脳卒中で半身麻痺を患った自身の体験を元にした2013年のAbus de faiblesse(「衰弱につけこむ」)以来、映画を撮っていなかったカトリーヌ・ブレイヤの、鮮やかな復帰作が公開になった。今年のカンヌ国際映画祭のコンペティションで披露された L’Été dernier(「去年の夏」)である。弁護士として地位を確立し、ブルジョワの夫と養子に囲まれ不自由のない生活をしている熟年女性アンヌ(レア・ドリュッケール)が、夏のバカンスで17歳の義理の息子、テオと再会し、禁断の関係に陥る。テオが父に告白したことで、家族の関係は危機に晒される。
ブレイヤといえば、性描写が過激な『ロマンスX』などで知られる、つねに性的欲望をモチーフにしてきた監督。新作では、未成年で義理の息子との不倫というタブーを扱い、女性の心理を厳密な描写で掬い取る。よろよろと、というより自身の欲望に自覚的に身を任せる彼女にとって、気掛かりはいまの生活を失うことだけで、それを防ぐためには夫を欺き操ることも厭わない。控えめだが毅然としたドリュッケールの魅力がスキャンダラスな物語に現実味をもたらし、なおさら鋭利な印象を与える。
カンヌの監督週間のオープニングを飾ったセドリック・カーンのLe Procès Goldman(「ゴールドマン裁判」)も、9月公開の話題作として外せない。1969年、パリでいくつかの強盗と2人の薬剤師を殺した罪に問われた極左活動家、ピエール・ゴールドマンの裁判の様子を描いたフィクションである。
ユダヤ人のゴールドマン(アリエ・ワルトアルテ)は薬局強盗と殺人を否定し、その達者な弁論と、権力を批判する姿勢で極左のヒーローのような存在となる。確固たる証拠を欠いていたことで、一方では反ユダヤ主義との声も上がり物議を醸したこの事件を、カーンは叙情的もしくは説明的な部分を一切そぎ落とし、息詰まる法廷劇に仕立てた。実際にゴールドマンが発した言葉を用いながら、ほとんど弁論合戦のような様相を呈するなか、観客もまた、彼の言葉に翻弄されながらこの法廷劇を見守ることになる。
アンチヒーローか悪人なのかわからないなか、強烈な眼力でカリスマ的な魅力を秘めたキャラクターに扮したワルトアルテ(『彼女のいない部屋』『Girl/ガール』)の技量も見逃せない。フランス映画には珍しい、骨太な法廷劇の傑作だ。
◇初出=『ふらんす』2023年11月号