“見えない人々”に目を向けた傑作
L’Histoire de Souleymaneのポスター
フランスのダルデンヌ(兄弟)映画、と呼びたくなるような傑作が登場した。今年のカンヌ国際映画祭の「ある視点」部門で、男優賞と審査員賞をダブル受賞した、ボリス・ロジュキヌ監督によるL’Histoire de Souleymane(スレイマヌの物語)だ。主人公役のアブ・サンガルを含む出演者のほとんどが素人で、手持ちカメラを用いた映像は、息詰まるようなテンションをもたらす。
不法滞在のままファーストフードの配達をしているスレイマヌは、2日後に難民および無国籍者受け入れ申請のための大事な面接を控えている。だが、準備をするにもお金がかかるし、そんなときに限ってトラブルに巻き込まれる。果たして準備は間に合うのか。もし間に合ったとしても、彼は面接をパスできるのだろうか。
パリの街を自転車で疾走しながら配達をこなし、そのかたわら金の調達に奔走するスレイマヌ。そんな彼に人々は冷たい。ときに理不尽に怒鳴られ、危うく車に轢かれそうになりながら、彼はひたすら走り続ける。
パリの街なかでロケをしながらも、交通を遮断することなく、エキストラも人工照明も使わず、ゲリラ撮影さながら日常の風景を収めた映像が鮮烈だ。本業は修理工というサンガルは、役作りのために数ヶ月、実際に配達の仕事をしたというだけに、その身のこなしには真実味があふれ、カンヌで男優賞を受賞したのも頷ける。今日、パリの路上ではスレイマヌのような配達人を沢山見かけるが、その労働条件は悲惨と言われる。彼らの知られざる物語を伝える本作は、ふだん目に留まらないその存在に対する観客の意識を喚起するに違いない。
『あのこと』(2021)でヴェネチア国際映画祭金獅子賞を受賞したオードレイ・ディヴァンが、ノエミ・メルラン(『燃ゆる女の肖像』2019)を起用して『エマニエル夫人』(1974)をリメイクしたEmmanuelleは、鳴物入りで公開されたものの、評価は賛否に分かれた。ソフトポルノと言われたオリジナルとは異なり、肉感的なエロティシズムはなく、頭で官能とは何かを分析しようとした作品と言える。時代を反映してエマニエルが自立したキャリアウーマンであること、かつオーガズムを感じたことがない設定にしたのは興味深いものの、全体的に冷ややかでエモーションに欠ける結果となった。