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「アクチュアリテ 映画」佐藤久理子

2019年フランス映画界とアンナ・カリーナ

 2019年は、アンナ・カリーナが亡くなるという悲報とともに幕を閉じた。年明けから、ジャン=リュック・ゴダールのレトロスペクティブがパリのシネマテークで開催され、彼女も招聘される予定だっただけに、なんとも残念だ。

 1960年に制作された『小さな兵隊』に始まり、『女は女である』『女と男のいる舗道』『はなればなれに』『アルファヴィル』『気狂いピエロ』『メイド・イン・USA』と、60年代ゴダール映画を支えたミューズにして元パートナー。さらにアニエス・ヴァルダ、ジャック・リヴェット、ルキノ・ヴィスコンティ、ジョージ・キューカーなど、各国の巨匠たちと仕事をし、自らもメガホンを握った他、歌手としても活躍。2018年には18年ぶりに日本に来日し、音楽フェスティバルに参加するなど、生涯現役だった。

 フランス映画界にとって昨年は、「グラン・クリュgrand cru」の年と言える。とくに若手の活躍が目立ち、ここしばらくなかったような新しい風を感じさせた。以前この欄で取りあげたカンヌ映画祭組のセリーヌ・シアマやラジ・リー、マティ・ディオップの他、初長編アニメーションJ’ai perdu mon corps が高く評価されているジェレミー・クレパン、また俳優ギイ・ベドスの息子で、ダニエル・オートゥイユ扮する主人公が青春時代に遡るLa belle époque を監督したニコラ・ベドス、エヴァ・グリーンが女性宇宙飛行士に扮するProxima のアリス・ウィノクールなど。これらの作品はどれもセザール賞に絡んできそうだ。

 もちろん、ベテランたちの活躍も忘れられない。作品賞候補として有力なのは、フランソワ・オゾンのGrace à Dieu、アルノー・デプレシャンのRoubaix, une lumière、ロマン・ポランスキーのJ’accuse あたり。もっとも、ポランスキーはいま、かつてのセクハラを告発され#Me Too 問題で揺れているので、それがアカデミー会員たちにどう響くかに拠るだろう。

 また『最強のふたり』のナカシュ&トレダノ監督コンビによる、フランスで約200万人が観た新作Hors Normes も高い評価を得ている。本作は、実際の自閉症の子どもたちが参加した、実話をベースにしたフィクションだ。ヴァンサン・カッセルとレダ・カテブが施設を切り盛りする主人公に扮し、ふだんあまり語られることのない自閉症の子どもたちとヘルパーの触れ合いが、ユーモアも込めたこの監督たちならではの爽快な語り口で描かれる。彼らはこれまでも日の当たらない人々に目を向けてきたが、こういう話を万人に向けた人情味溢れる作品に仕立てるのが、本当に巧いと実感させられる。

◇初出=『ふらんす』2020年2月号

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著者略歴

  1. 佐藤久理子(さとう・くりこ)

    在仏映画ジャーナリスト。著書『映画で歩くパリ』

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