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「アクチュアリテ 映画」佐藤久理子

浮気症アラフォー・ヒロインの迷走

『ジョルジュ・バタイユ ママン』や『愛のあしあと』で知られるクリストフ・オノレの作品は、残念ながらあまり日本に紹介されていない。商業的に難しそうな作家主義的な作風や、ホモセクシュアリティを全面に打ち出した作品が一般の興味を引きづらいのかもしれないが、そうでないものもあるだけに残念だ。

 彼の13本目となる新作Chambre 212(「212号室」)は、長年連れ添った夫婦のすれ違いという、普遍的なテーマを扱っている。リシャール(バンジャマン・ビオレイ)とマリア(キアラ・マストロヤンニ)は20年来のカップルだが、リシャールが妻に一途であるのに引き換え、マリアは何年も、若い男性たちを相手に浮気を繰り返している。ある日それが発覚し、彼女は家を出て向かいのホテルに引き篭る。「セックスライフと夫婦の関係は別」と言い切るマリアだったが、リシャールへの気持ちも判然とせず、ホテルの窓から自宅にいる彼を監視する。だが、一時の眠りから覚めると、寝室には若い男が。それは二十代に若返ったリシャール(ヴァンサン・ラコスト)だった。

 長年の結婚生活の倦怠から、刺激を外に求めるのが女性という設定が面白い。しかもまったく罪悪感のないところは恐れ入るが、マリアのそういった態度の奥には、自分の気持ちすらよくわからないミッドエイジ・クライシスがある。一方、そんなマリアを咎(とが)める若きリシャールは、学生時代、憧れのピアノ教師(カミーユ・コッタン)と付き合っていた過去をマリアに告白する。

 心理的な重い恋愛映画になりそうなところを、オノレ監督は予想外のプロットと、ときに音楽を活用した洒脱な演出やユーモアによって、メランコリックながら軽やかさのある作品に仕立てた。ちょうど彼が尊敬する、ウディ・アレンとイングマール・ベルイマンとジャック・ドゥミを足して割ったような感じだろうか。本業はミュージシャンながら最近は俳優としても活躍するビオレイの存在感、ラコストの絶妙なコメディ・センスに、マストロヤンニの等身大の成熟した魅力が差し出されたアンサンブルも魅力的だ。

 今月もう一本紹介したいのは、ジャック・デシャン監督によるユニークなドキュメンタリー、Les Petits Maîtres du grand hôtel(「大きなホテルの小さな支配人たち」)。ホテル業の修行をする若い生徒たちを描きながら、訓練の合間に彼らが歌って踊り出すミュージカル・シーンが挿入されるなど、ドキュドラマとも言える作りになっている。フランス社会を反映した人種の異なる生徒たちが一緒に、一人前を目指して修行する様子に、ポジティブなメッセージが込められ、瑞々しい魅力に満ちている。

◇初出=『ふらんす』2019年12月号

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著者略歴

  1. 佐藤久理子(さとう・くりこ)

    在仏映画ジャーナリスト。著書『映画で歩くパリ』

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