2017年10月号 コンサートホールとして甦る修道院
コンサートホールとして甦る修道院
フランスやヨーロッパ各地では、本来の機能を失った各地の修道院付き大教会(大聖堂、聖堂など)を、主に音楽方面の文化施設として再生させるケースが多い。先月紹介したヴェズレーもシテ・ド・ラ・ヴォワ Cité de la voix として歌や合唱などのプログラムを展開している。
ボルドー地方圏サント市Saintes にある、かつてのベネディクト会尼僧修道院Abbaye aux Dames は、1948 年に歴史モニュメント(重要文化財に相当)に指定され、1970 年代から修復されてシテ・ミュジカル Cité musicale となった。修道院の戧設は11 世紀に遡り、その名が示すように、良家、特に貴族の娘たちの教育が目的だった。中心となる聖マリア教会Église Sainte-Marie は残響が素晴らしくレコーディングにも使われている。
コンサート「スルタンのオルガン」
©Sébastien-Laval
1972 年から毎夏開催されているサント音楽祭Festival de Saintes は、当初バッハをめぐる古楽音楽祭として発展し、「バロック音楽のメッカ」とも呼ばれたが、現在は古楽以外にも多様に分野を広げている。今年は7 月14 日から22 日まで約10 日間にわたって開催。筆者が滞在した後半で印象的だったのは、「スルタンのオルガン」と銘打ったコンサート。16 世紀、外交的に弱い立場にあったイギリスは、強大なオスマン帝国のスルタンに、先端技術を搭載し宝石や時計で飾られた豪華なパイプオルガンを贈呈して接近を図ろうと試みた。エリザベス1 世の使者としてロンドンからコンスタンチノープルまで旅した若きオルガン製作者の日記は、貴重な見聞録として今に残っている。コンサートはその日記をもとに彼の足取りを音楽で辿るというもの。アルジェリア出身の女性ソプラノ、アメル・ブライム= ジェルールが、自身の文化的バックボーンを最大限に生かして、エリザベス朝の音楽とオスマン帝国の音楽を、発声法や様式などを見事に使い分けながら歌い上げた。夜22 時に始まったコンサートはたっぷり2 時間、真夜中すぎに終了したにもかかわらず、魅了された観客たちが総立ちで惜しみない拍手をおくり、いつまでも席を離れない。1000 年近くの歴史を見続けてきた聖マリア教会の壁に抱かれるような音がつくり出す、魔法のひとときだった。
http://www.abbayeauxdames.org
◇初出=『ふらんす』2017年10月号