第67回 9月22日の観察
17時ごろ羽田に到着する予定だったロンドン発の飛行機は、台風の影響で進路を変え、18時前に成田空港へ緊急着陸した。上空で待機する地獄のような50分(遊園地の乗り物は全部苦手)に加え、バゲッジクレイムでも1時間半ほど待ち、ようやく外に出たときにはもうすべての電車が佐倉駅より先に行けなくなっていた。交通手段が絶たれるなか、唯一22時半に成田駅を発車した東京駅行きJR快速も酒々井駅より先には進まず、行き先は千葉へと変更された。0時になると、最終の下り電車で空港に戻ることを構内アナウンスに勧められ(それはつまり空港なら少なくとも寝袋と水はあるという意味らしかった)、大きなスーツケースと共にホームを移動してnexに乗り込んだ。
電気が煌々とついたビルのエスカレーター脇の床で、知らない男性のいびきを聞きながら寝るのは困難だ。自分が疲れきっていることより、会えると思っていたこちゅみに会えなくなったことが心に引っかかっていた。数日前から、爽やかに晴れた秋のロンドンを歩いていても、ノッティング・ヒルの美しい街並みを眺めていても、テムズ川と川べりのカップルを橋の上から見下ろしていても、その景色の上にはうっすらと、ふくふくした毛に覆われた顎に両手を添え、目を細めてこちらをじっと見ているキジトラ猫の顔が、お札の透かし模様みたいに重なって見えていた。正常な運行が危ぶまれるような台風が迫っていることは、航空会社からのメールが届くまで知らなかったし、当然ニュースにもなっていなかった。機上でも天候は概ね良かったから、ここまで大変な事態になるなんて正直思っていなかった。
夜が明け、朝一番で動き始めた京急羽田への輸送特急で都心に出ることができた。9時過ぎ、地元の駅で落ち合った家族と家に帰ると、いつもなら拗ねて知らんぷりしているこちゅみが珍しく近づいてきた。一旦落ち着きたくて自分の椅子に座ると、こっちゃんもついてきてテーブルの上にひょい、とあがる。そして、これでもかといわんばかりに顔を擦りつけてくる。待ち遠しかった瞬間なのに、思ったほどの感動もなければ込み上げる感情もなかった。ただただ視界がこちゅみの顔でいっぱいになり、老眼のわたしには近過ぎてよく見えないし、見ようとすると目の奥が痛い。ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる、という音がうるさくて他の音も聞こえなくなり、被毛が触れた顔の皮膚が痒くなったので立ち上がってシャワーを浴びに行く。こっちゃんをテーブルから抱き上げてみる。なんだか、行く前よりちょっと軽くなった気がする。



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