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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第66回 9月6日の観察

 朝から一日ずっと雨。10時ぐらいに起き、パジャマにしている半袖のTシャツで一階に降りたらちょっと肌寒くて驚いた。あれほど暑かったのに、9月の頭でもうこんなに気温って下がるものだっけ。去年のことを思い出そうとしたけれど当たり前のように無理だった。昔と比べて、季節の印象が毎年ぜんぜん違う。

 7、8月は家にいる時間が少なかったせいもあって、飲料会社のアプリについている万歩計で一定の歩数をクリアしたら貰えるスタンプがいつもよりも貯まって嬉しかった。いっぽうで体調を二度も崩して辛かったし、こちゅみに対してもどことなく後ろめたさを感じていた。猫がどういう動物なのかをわたしがまだ少しも理解していなかったころ、赤ちゃんだったこちゅみがみゃおわおの不在に対する思いをベッド上での粗相という形で表現していたことが思い出された。当のこちゅみ氏はなんだかよそよそしいような、わたしからちょっと距離を置く感じの空気を醸し出している。そのよそよそしさが例えば、かまってもらえなくて拗ねているとかだったらまだ気が楽なのに、我が家の男どもに倣ってすこぶる穏やかかつ優しい性質の彼はむしろ、みゃおわおの邪魔をしないように気配を消している可能性すら感じさせる。早い時間にはご飯も食べずに眠っていることが多く、夜はおやつこそ要求するものの遊びをねだることはなく、なんだか切なくなるほど「いい子」を演じているように思えた。

 9月に入ってから、展示やイベントが終わってホッとするわたしの気持ちを察したかのようにこちゅみの振る舞いに変化が起きた。まず、朝ごはんをちゃんと食べるようになり、体重は4.3kgの最高記録を叩き出した(とはいえ+0.1kgだが)。嬉しいのは、遊んで、遊んで、とまた言ってくるようになったこと。ダイニングテーブルでパソコンに向かっていると、真剣な目つきでわたしを見上げてミャー、ミャー、と何かを訴えかけてくる。なあに、と言ったきり画面から目を離さないでいると、今度は太ももに前足をかけ、爪をちょっとだけ出してカリカリと優しく引っ掻いてみせ、ついでに猫のポーズで伸びをしながら大きな欠伸もしてみせる。ここでみゃおわおはようやく立ち上がり、なんの変哲もない白い紐の先にふわふわの白い玉がついたおもちゃを見つけて床から拾い上げる。こちゅみはすでに絨毯のある居間に移動し、床にゲッダン(get down)して準備を整えている。おもちゃの玉を手に持ち紐のほうをこちゅみに放り投げると、耳をイカのように倒し瞳を真っ黒にしたこちゅみが、腹這いのまま絨毯に爪を掛けてガガガッ!と前進してくる。紐をくるくる、ピョンピョンと動かすのに合わせてこちゅみもぐるぐる回転したり、東洋の魔女さながらのジャンピングアタックをかましてきたりする。なぜ玉ではなく、紐のほうでここまで興奮できるのかは最大の謎だが、こちゅみがそれを好むのであれば、みゃおわおは従うのみだ。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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