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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第63回 7月25日の観察

 今年の夏はチョロイかも、と一瞬思ったがそんなはずもなく。先週から気温も湿度も上がり、更年期の発汗量を念頭に置かなかったせいか、はじめて熱中症らしき症状で病院にお世話になった。今からこんなでやっていけるのかとビビリながら、昨日までの3日間は岐阜と名古屋で40度の暑さを経験。その間、東京でも最高気温36度の日がある予報だったから、こちゅみだけでなくお外の猫ちゃんたちのことも心配になった。

 築45年の木造住宅2階部分をこよなく愛するこちゅみは、この家の屋根裏に断熱材が入っていないという事実を知らない。一階に比べるとエアコンの効きもイマイチなのに、部屋の中で一番温度の高いケージの天井でわざわざ昼寝をする。猫に詳しい人は、猫は涼しい場所を知っているから心配ないと言うが、動物は「本能で」身を守るというヒトの言説をわたしは信用していない。こちゅみは猫だが、よくアイランドテーブルに飛び乗り損ねる。生きものと「本能」が切り離せないなら、「失敗」だって生きものらしさだ。30年ぐらい前の地球なら、猫が暑さでうっかり死ぬことはなかったかもしれないが、いまもそうだと言い切れるのか。

 今朝、目を覚ましたとき、こにゅみはまだバリバリボウルで熟睡していた。キッチンに降りると、Rが出勤前に用意したご飯がテーブルの上に手つかずで残っている。居間の絨毯には出張中にできたらしい吐き戻しの跡があり、こちゅみの体調が俄然心配になった。にゃあ、という声に振り返ると、目を覚ましたこちゅみが階段からまっすぐこちらに向かって歩いてくるのが見えた。ふくらはぎに顔を擦りつけ、わたしを追い越したところで立ち止まって、ピンと立てた尻尾をゆらゆらさせてみせる。(この時間、何?)と思いながら見ていると、ゆっくり歩き出してキッチンのフローリングにスフィンクスのような格好で横たわった。いつもよりまったりして見えるのは、みゃおわおが帰ってきた安心感からか、あるいは体調が悪いという訴えなのか。しばらく様子を観察するものの、こちとら本能から遠く離れたヒトである。自分の熱中症にも気づかなかったのにこちゅみが病気かなんて分かるはずもなく、とりあえずかかりつけ医に電話をした。きっと暑さで食欲が落ちているだけだから様子を見てください、という先生からの伝言を、看護師さんから託かる。

 夜になって気温が下がると、食いしん坊こちゅみのペルソナが戻ってきた。まだ食うんですか、というほどお肉を催促され、再び本能について考える。こんなに暑いのに、夏のロケ撮影を毎年引き受け、来年の夏こそ全部お断りしようと強く心に決めるほど後悔する(が結局、食べていくために引き受けてしまう)。わたしたちヒトは、もっと身体の声に翻弄されながら生きるべきだと、こちゅみを見て思う。暑かったら仕事はしないし飯も食わない、そして気温が低くなったら動く、でいいんだ。そういうムーブを「病気」かもしれないと不安に思うヒト科の自分はバカまるだしだ。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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