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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第62回 7月7日の観察

 こちゅみと暮らすまでYouTubeでよく見ていたのはウサギのチャンネルだったけれど、いまはトップページのサムネイルの大半が猫動画だ(あとバレエ)。外の世界には「猫を飼っています」と言うだけで通じ合えるコミュニティがあり、猫のことにとどまらず広く共感や優しさ、手助けなどを受け取っている。

 猫という生物について、動画の視聴や猫飼い人との会話を通じて知ること、発見することは多い。なかでも興味深いと思ったのは、雌猫は雄猫より気難しいという認識が多くの人に共有されていることだ。生物学的特徴を根拠とする差別を憂うものとして、たとえ猫でもその言説は受け入れ難いように思ういっぽうで、私自身も子育てのシーンでは男児と女児の「違い」を感じることはあった。

 知識が増えると、雌猫の気難しさにはネコの生殖行動の特殊性が絡んでいるんじゃないかと思うようになった。まずメスが発情し、その声やフェロモンに反応してオスが発情するという仕組みでは交尾のタイミングや、する/しないの決定権をメスが握っているようにみえる。哺乳動物のメスにとって妊娠、出産、授乳期間は、命を落とす可能性がもっとも高まる機会でもある。そう考えると、自己の生存戦略として無闇な生殖の機会を作らない、つまり発情期以外または不特定多数のオスの個体が自分に近づけない態度を取る──それがわたしたちには気難しいように見える──ことは理解できる。

 そういえばオスであるこちゅみを気難しいと感じたことはない。家にいる他2名のオスも併せ、彼らはわたしと比べて断然おおらかに見える。たまたま生物学的にメスのわたしが、うちでいちばん気難しいのは偶然なのかどうか。そこは置いておくとして、権威者の言うことを聞かないわたしは我儘、自分勝手、おこりんぼうと批判されることがいまだに多い。彼らの言い分を毅然とした態度で跳ねのけてきたつもりでも、自信は失くしてきたし自尊心も傷ついてきた。

 大変な目にも遭う野良の生活で体調を崩し、お腹も空いているはずの子が保護されたケージの中でちぢこまって、ヒトなんて信じるもんか、と威嚇したりパンチを繰り出したりすると、そうしなかったら生きてこられなかったんだもんね、これまで一人で頑張って偉かったね、と保護主が厚いグローブを嵌めた手でそっと触れる。そんな動画を見ているとなぜか、わたしの苦しかったこともぜんぶ仕方なかったし、もう大丈夫なんだと思えてくる。猫好きの人なら、わたしのどうしようもない気難しさも「そうしなかったら生きてこれなかったね」と解釈し、なにも言わずに寄り添ってくれるんじゃないか。そんなふうにちょっと期待してしまう。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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