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「猫ちゅみ観察記」長島有里枝

第61回 6月25日の観察

 オハナちゃんが旅立って、もうすぐ3週間。日曜日にかかりつけ病院へ行き、その報告をした。亡くなる直前に電話で話したきり音信不通でいたのに、お礼を伝えた先生は「頑張りましたね」と笑顔で労ってくれた。わたしたちを傍で見守ってくれた人の笑顔だからか、胸にくるものがあった。普段はあまり笑わない人だからなおさらだ。

 長女のパンクと犬種も毛色も心臓疾患を持っているところまで同じだったのに、ぜんぜん違うお別れだった。パンちゃんは意識がなくなる前の晩、わたしにさようならを言った(そういうの怖いからやめて、と思わず言い返したぐらいはっきりと)。そして、わたしに迷惑はかけないと決めているかのように素早く、でもわたしが立ち直れなくならない程度の時間をかけて旅立った。

 いっぽう、オハナはまっすぐに歩けなくなってから4ヶ月、失った子供時代を取り戻すかのように体を預けてくれた。絶対に諦めないその姿には凄みすら感じ、当初は「可哀想」と悲観しかできなかったのが、徐々に別の側面を見出せるようになっていった。自分の赤ちゃんか、っていうぐらいたくさん抱っこして、ご飯も匙やシリンジで食べさせた。怖がるからなるべく触らないようにしてきたけれど、本当は抱っこして欲しかったのかもしれない。わたしたちはこれまでにないほど身体的に近く、なんでも小太朗が先だった順番も「まずはオハナ」に変化した。

 こちゅみはよく我慢したと思う。オハナがいなくなったあの日からはとんでもない甘えん坊に変身して、家のなかを移動するわたしについてきてはわたしが見える場所でうずくまり、うつらうつらしている。ちょっとした物音にも驚き、わたしには見えないオハナの魂を目で追っているように見えることもある。匂いは残っているのに姿が見えないことを訝しがっているのかも、という鍼の先生の話はしっくりきた。ハナちゃんがゆっくり、時間をかけてお別れの支度をしてくれたので、パンクのときみたいな後悔はない。だからこっちゃんをケアできるし、展覧会前の過酷なスケジュールもなんとかこなせる。それもオハナからの愛なのかもと、おこがましくも考える。

 オハナのいないリビングは広くて、なにもなかったように静まり返っている。

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著者略歴

  1. 長島有里枝(ながしま・ゆりえ)

    東京都生まれ。1999年、カリフォルニア芸術大学MFA写真専攻修了。2015年、武蔵大学人文科学研究科社会学専攻博士前期課程修了。2001年、『PASTIME PARADISE』(マドラ出版)で木村伊兵衛写真賞受賞。10年、『背中の記憶』(講談社)で講談社エッセイ賞受賞。20年、写真の町東川賞国内作家賞受賞。22年、『「僕ら」の「女の子写真」から わたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)で日本写真協会学芸賞受賞。23年、『去年の今日』で野間文芸新人賞候補。主な個展に「そしてひとつまみの皮肉と、愛を少々。」(東京都写真美術館、2017年)、著書に『テント日記/「縫うこと、着ること、語ること。」日記』(白水社)、『こんな大人になりました』(集英社)、『Self-Portraits』(Dashwood Books)などがある。

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