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書評

【書評】アディミ『アルジェリア、シャラ通りの小さな書店』 [評者]野崎歓

カウテル・アディミ 著
平田紀之 訳
『アルジェリア、シャラ通りの小さな書店』
作品社
2200円+税

[評者]野崎歓

友情と創造の場、ここにあり

 エドモン・シャルロ。1915年、アルジェ生まれ。21歳で書店を開業したのち、出版にも乗り出し、多くのすぐれた文学者たちを世に送り出す。今日、彼を知る人は少ないだろう。だがたとえば、若きカミュが彼の書店の常連で、最初期の『裏と表』や『結婚』はシャルロが出版したと聞けば、それだけで興味をかきたてられるではないか。そして本書を読み終えたとき、シャルロの名前は忘れることのできないものとなるはずだ。

 《真の富》と名付けられた彼の書店は、貸本屋でもあり、壁にボナールの絵が掛かる美術ギャラリーとしての性格も備えていた。縦七メートル、横四メートルという狭さながら、「文学と地中海を愛する仲間たち」が集う友情と創造の場だったのである。シャルロは雑誌も始め、これぞという作家や詩人に手紙を書いて原稿を依頼。戦時中は物資不足に苦しめられ「煙突のすすと靴墨」を使ってインクを自作する。ジオノやジッド、サン=テグジュペリやスーポーといった有名作家たちを熱意で動かし、協力を勝ち得たのだから、編集者として際立った才覚と情熱の持ち主だったことは間違いない。

 しかしこれは単なる成功物語ではない。パリ進出は大手出版社に阻まれる。そして戦後、アルジェリア独立運動に対するフランスの熾烈な弾圧が始まる中で、書店も深刻な危機にさらされることになる。

 シャルロの手記にもとづき、現代の若者の視点も交えながら書店の記憶が再現されていく。構成は巧みであり、文章は軽快だ。まばゆい陽光に照らされたアルジェの街角の描写が魅力的である。そしてまた、植民地支配をめぐって多くのことを教えてくれる。書店のショーウィンドーには「読書する一人の人間には二人分の価値がある」とフランス語、アラビア語で記されていた。それはアルジェリア人たちが「一人の人間」としての権利を踏みにじられてきた歴史にあらがう意義をもつ言葉だったろう。独立運動を潰しにかかるフランス側のやり方は残酷で不条理だが、著者はさらりとした筆致を崩さずに、読者の思索を促そうとする。

 高校生ルノドー賞受賞作。高校生ゴンクール賞に傑作が多いのは知っていたが、ルノドーの方もすでに30年近い歴史を誇っているのだった。書物文化へのひたむきな想いのこもった作品をしっかりと受け止めたリセアンたちに、拍手!

(のざき・かん/放送大学教授。東京大学名誉教授。著書『異邦の香り』『水の匂いがするようだ』、訳書『赤と黒』)

◇初出=『ふらんす』2020年3月号

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