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書評

【書評】トッド『家族システムの起源:Ⅰ ユーラシア』上・下 [評者]鈴木隆芳

『家族システムの起源:Ⅰ ユーラシア』上・下
エマニュエル・トッド 著/石崎晴己 監訳
藤原書店 上4200円・下4800円+税

 

[評者]鈴木隆芳

 

はじめに核家族ありき

 古代的(アルカイック)な核家族。父系でも母系でもなく、親族集団に緩やかに包含されつつも自主性を維持し、女性のステータスの高い家族。こんなものがあったとは大変な驚きである。およそ西洋発の学問は、経済学であれ精神分析であれ、核家族と近代性を短絡させつつ、はじめに大家族ありき、と思い込んできた。

 家族・親族の様態を探り、その社会の歴史・心性を解釈し、時に未来を予見する。家族システムの研究で知られるエマニュエル・トッドの集大成とも呼べるのが本書である。家族システムとは、兄弟姉妹は平等か不平等か、親子関係は自由か権威的か、といった価値判断の組み合わせから導かれる類型である。例えば、相続等において兄弟姉妹らが平等に扱われ、子が結婚後に親元を離れれば、それは平等主義核家族というパリ盆地等の家族システムに相当する。

 家族システムは「自由」「平等」といった概念を弁別特徴とする。これは構造主義の発想に近い。一方で構造主義がそうであったように、それは共時的な体系を相手にしつつも、その由来を問うことはなく、なぜこの社会がこの家族システムを採るのかはわからなかった。本書が対峙するのは、こうした問題である。これまでの手法を大きく転換して、システムの起源を問うのだ。しかも全世界規模で。 発想の転換のきっかは、旧友の言語学者からの指摘であったという。ユーラシア大陸を俯瞰すると、中央部には共同体家族、その外側に直系家族、さらに周縁部の西ヨーロッパ、東南アジア、シベリア最北東には核家族、といったように外側に行くにつれて稠密度の低い家族システムが同心円状に分布する。この布置を見れば一目瞭然、そこには伝播があったのだ。かつてユーラシア全域は古代的核家族に覆われていた。ある時、一子相続を特徴とする直系家族の革新が中心部で起こり周囲に伝播。さらにその後、父親と息子らが連合する共同体家族が中心部で起こった。

 第一巻では人類学の成果が断片的な水準に留まったとトッドは振り返る。未開社会にもっぱら興味を示す従来の人類学にとってユーラシアは副次的な対象であった。アメリカ、アフリカ、オセアニアを扱う第二巻(未刊)では、彼が望む形での歴史学と人類学の統合が可能になるであろう。トッドの世界史の完成を待ちたい。

(すずき・たかよし)

 

◇初出=『ふらんす』2017年4月号

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