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書評

【書評】トドロフ『屈服しない人々』 [評者]堀茂樹

ツヴェタン・トドロフ 著
小野潮 訳
『屈服しない人々』
新評論
2700円+税

[評者]堀茂樹

思想家が対話するように辿る、8名の物語

 2019年初頭の現在、世界では脱グローバル化の歯車が烈しく軋み、動き出している。フランスは「黄色のベスト」運動によって根底から揺れている。こうした眩暈(めまい)のするようなアクチュアリティに直面すると、私はいつも思想史家ツヴェタン・トドロフの考察を参考にしてきた。しかし、2017年2月に彼が逝ってしまって以来、同時代人としての彼の助けなしに、彼が残してくれたテクストを思い出しつつ判断していくほかなくなっている。

 その意味で、このたびトドロフが生前に上梓した最後の著作『屈服しない人々』の邦訳が出て、フランス語に馴染みのない同胞も手にとり得るものとなったことを格別喜びたい。本書は、トドロフが晩年好んで手がけた人物列伝の一つで、第二次世界大戦期から現代まで、パステルナークからエドワード・スノーデンまで計八人の生涯を語っている。

 ただし、いわゆる客観的・科学的な伝記ではない。著者トドロフが8名それぞれの軌跡を、規範意識をもってあたかも彼らと対話するかのように辿る「範例的物語」である。われわれ読者は、物語性に誘われて、他者である渦中の人物に自己投影し、彼/彼女の人生を自らの規範意識をもって追体験してみることになる。『屈服しない人々』を読むことがもたらすのは、知識や認識である以上に、読者自身の倫理的人格の変化であろう。

 8名の人物の人格や境遇は勿論さまざまだが、彼らはいずれも、強制収容所、全体主義、人種差別といった絶対悪との遭遇において「屈服しない」。「屈服しない」とは、弱者でありながら自由を奪われないということだ。特筆すべきことに彼らは、外的な脅威に対してだけでなく、「自らの内側に潜む悪霊(デーモン)」(トドロフ)にも抵抗する。つまり、敵への憎悪、怨念、暴力の衝動にも支配されない。

 この不屈さについて、トドロフは、「本人の意識的で意志的な選択であったという考えを取らないでおこう」と言い切っている。そこに私は、晩年の彼の人間観の深まりを確認する気がして、感銘を禁じ得なかった。

 訳者の小野潮氏が「あとがき」の末尾に、感慨を込めて書いておられる。「今やトドロフはいなくなってしまったが、それでもトドロフの著述を読める世界はトドロフを読めない世界よりすばらしいと思う」と。蓋(けだ)し同感である。

(ほり・しげき/慶應大学名誉教授。著書『戦争、軍隊、この国の行方』(共著)、訳書クリストフ『悪童日記』『文盲』)

◇初出=『ふらんす』2019年3月号

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