【書評】松任谷由実『ユーミンとフランスの秘密の関係』 [評者]釣馨
『ユーミンとフランスの秘密の関係』
松任谷由実 著
CCCメディアハウス 2500円+税
[評者]釣馨
プレヴェール、ジブリ、ユーミン
私が学生のころ、スキーやキャンプに出かけるときは、カーステレオからいつもユーミンが流れていた。ユーミンが60年代に日本のカルチエ・ラタンと呼ばれたお茶の水界隈に屯(たむろ)しながら吸い上げたものを、80年代にライスシャワーを浴びるように享受したのは、現在のアラフィフ世代だろう。今から見ると、ユーミンの音楽は多くの日本人が共有できた最後の都会的な音楽(90年代には渋谷系によって先鋭化)だったが、その源泉がフランスの文学や絵画であったことを確認することは感慨深いことだ。
ユーミンとフランスの関係を解き明かすために、本書ではフランスと関わる 7名の対談者が媒介となる。仏文学者の野崎歓氏とはジャック・プレヴェールの詩とジブリの関係について。高畑勲(東大仏文卒)はプレヴェールの詩集『ことばたち』を翻訳したが、宮崎駿監督の『風立ちぬ』の主題歌に採用された「ひこうき雲」は、ちょうどユーミンがプレヴェールの詩に耽溺していたころに書かれた曲だった。つまり「ヴァレリー、堀辰雄、宮崎駿」とは別に、「プレヴェール、ジブリ、ユーミン」のトライアングルが存在していたわけだ。
松岡正剛氏との対談では、ユーミンがサン=テグジュペリの『人間の土地』や『夜間飛行』を読み込みながら、「飛行機乗り」の感覚や視点を身に着けたことを明かす。特に荒井由実の曲の持つ独特の浮遊感。それは宮崎駿の浮遊感とも親和性があり、実際いくつかの作品で挿入歌として使用されたが、浮遊感のもうひとつの原体験としてミシェル・ポルナレフの「ホリデイ」を聴いた衝撃を挙げる。この曲から、地上を空から俯瞰するアングルを学んだという。
そしてプレヴェールもサン=テグジュペリも、堀口大學の訳でなくてはならなかった。堀口は自身の言葉の紡ぎ方を迫持式と呼んだが、それは何かをはっきり言うのではなく、様々な状況を組み合わせ、積み上げてひとつの世界観を作る。それが彼女の歌に通じるのだという。
ともあれ、ユーミンのような稀代のインフルエンサーが無二のフランス好きであり、自分の歌がフランス文化の全面的な影響下で書かれたことを自ら告白し、「あれほど強固だったフランス語へのこだわりは薄れ、パリ的なるものは弱まりつつある」と嘆いてくれるとは、何とも嬉しいことである。
(つり・かおる)
◇初出=『ふらんす』2017年5月号