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書評

【書評】澤田直『サルトルのプリズム』 [評者]鈴木道彦

澤田直 著
『サルトルのプリズム:二十世紀フランス文学・思想論』
法政大学出版局
3500円+税

[評者]鈴木道彦

広い視野と鋭い問題提起の文学論

 著者の澤田直は日本のサルトル研究を牽引するリーダーだが、同時に世界の研究者たちにもよく知られた存在である。本書は、日本語で書かれた著者3冊目のサルトル論であると同時に、きわめて広い視野で考察された20世紀文学論でもあって、「サルトルを一種のプリズムとして、ある時代の精神の見取り図を示す」という彼の意図は、充分に実現されたと言ってよい。

 本書の特徴は、第1部「同時代を生きること」に出てくる多彩な作家、思想家の名前を見ただけでも、容易に推察できる。ここでは、プルースト、レヴィナス、九鬼周造、ブルトン、バタイユ、レヴィ= ストロース、バルト、ドゥルーズ、ガタリ、ブランショ、デリダが、それぞれサルトルとの関係で取り上げられているが、これはまるで20世紀の重要な作家・思想家を網羅したような印象を与え、本書がきわめて広い視野に立っていることを示している。

 広いだけではなくて、至るところで重要な問題が提示されているのも本書の魅力である。たとえば日本で俗に「五月革命」と呼ばれる68年5月の事件をめぐっては、事件前に書かれたサルトルの『弁証法的理性批判』を、ドゥルーズ=ガタリの『アンチ・オイディプス』やブランショの『明かしえぬ共同体』と比較しながら、それぞれの集団論を考察しているが、そこには随所に現代の「黄色いベスト」運動にも通じる鋭い指摘を見ることができて興味深い。

 サルトルはこのように自然発生的に形成される集団を「溶融集団」と呼び、それがどんなふうに変化していくかを通時的に記述したが、著者はサルトルがこの革命集団を、階級的なものと見なしていないことに注目している。革命の主体はプロレタリアートと考えるのが従来の常識であったことを思うと、彼の指摘するこのサルトルの立場は、きわめて重要な問題を含んでいると言えよう。それは同時に、「五月革命」に代表される1960年代の世界の激しい変化が(日本の全共闘運動なども含めて)、一つの転換点でもあったことを意味している。

 本書の内容にこれ以上深く立ち入ることは紙幅が許さないが、このように豊かなサルトル論が刊行されたことは一つの事件である。サルトルに関心のあるすべての読者とともに、本書の出版を心から喜びたい。

(すずき・みちひこ/獨協大学名誉教授。著書『フランス文学者の誕生』『余白の声』、訳書『失われた時を求めて』)

◇初出=『ふらんす』2020年3月号

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