白水社のwebマガジン

MENU

書評

【書評】ファー『マリー・アントワネットの暗号:解読されたフェルセン伯爵との往復書簡』 [評者]岡部杏子

エヴリン・ファー 著
ダコスタ吉村花子 訳
『マリー・アントワネットの暗号:解読されたフェルセン伯爵との往復書簡』
河出書房新社
3950円+税

[評者]岡部杏子

〈ベルばら〉ファン、垂涎の書

 一昨年秋から4か月にわたり東京で開催されたヴェルサイユ宮殿企画・監修の「マリー・アントワネット展」は、40万人以上を動員する盛り上がりを見せ、関連書籍の出版も相次いだ。本書では、今なお人々を魅了して止まないマリー・アントワネットとその「愛人」と噂されたスウェーデンの貴公子ハンス・アクセル・フォン・フェルセンの間で交わされた、特殊インクや暗号を駆使した往復書簡の全体像が初めて明らかになる。

 フランス王妃がこの「北方の美貌の騎士」に格別に想いを寄せ、時に恋心をあらわにしたことについては複数の証言がある。その一方で、フェルセンの王妃に対する感情は長きに渡り謎のままで、あくまで想像の域を出なかった。フェルセンは「単なる「奉仕の騎士」、マリー・アントワネットの浪漫的崇拝者にとどまったのか、それとも真に肉体的に彼女の愛人であったのか」(ツヴァイク『マリー・アントワネット』)。この謎が、英国の歴史研究者によるフランス国立中央文書館などでの綿密な史料の収集と精査によってついに解明された。本書にはその長い道程が豊富な資料とともに記されている。

 収録された書簡は革命前夜から王妃が断頭台の露と消えるまでの全76通。そのほとんどは、フェルセンが企てたヴァレンヌの逃亡からテュイルリー宮襲撃までの期間に集中している。全体の一割強にすぎないと推定される現存する往復書簡の欠落部分は、フェルセンが妹ソフィーに宛てた書簡や彼自身の日記、また著者の詳しい解説によって補われており、身を呈して愛する人を守ろうとする彼の心の動きをつぶさにたどることができる。

 各地のジャコバン派がパリへ大挙し、民衆の暴徒化により命の危険に晒されつつも、フェルセンの立場を慮(おもんばか)る王妃の強さも瞠目すべき点だろう。「私のことについては、あまりお苦しみにならないでください。つねに勇気が他を圧倒するのです」。フェルセンがこの書簡を受領したとされるのは1792年7月9日。約ひと月後に彼らの往復書簡は途断え、王妃はタンプル塔に幽閉されることとなる。

 本書は2016年にまずフランス語で、ついで英語で刊行された。原書のタイトルは I love you madly─二人が暗号を用いて互いに送り合った言葉 « Je vous aime à la folie. (狂おしいほどあなたを愛しています) » から取られている。

(おかべ・きょうこ/早稲田大学人間総合研究センター招聘研究員。フランス近現代詩。共著『象徴主義と〈風景〉』)

◇初出=『ふらんす』2018年12月号

タグ

バックナンバー

フランス関連情報

雑誌「ふらんす」最新号

ふらんす 2024年12月号

ふらんす 2024年12月号

詳しくはこちら 定期購読のご案内

ランキング

閉じる