【書評】ヴェイユ『フランス人とは何か:国籍をめぐる包摂と排除のポリティクス』 [評者]松井裕史
パトリック・ヴェイユ 著 宮島喬、大嶋厚、中力えり、村上一基 訳
『フランス人とは何か:国籍をめぐる包摂と排除のポリティクス』
明石書店
4500円+税
[評者]松井裕史
ラグビーワールドカップを機に考える
9月から開催されているラグビーワールドカップ2019、開催国日本の代表チームを見て「日本も変わった」と感じた方も多いのではないだろうか。1998年サッカーワールドカップ開催国で優勝したフランス代表を彷彿とさせるほど多様な顔ぶれだ。当然、日本代表の基準を不思議に思う視聴者が多いためか、テレビでも代表選出の条件が解説されている。
ワールドラグビーの規定集によると、各国代表チームでプレーする資格は以下のとおりである。「(a) 当該国で出生している、または、(b) 両親、祖父母の1人が当該国で出生している、または、(c) プレーする時点の直前の36か月間継続して当該国を居住地としていた」興味深いことに、これらの条件はそれぞれ国籍法における生地、血統、居住の原則に対応している。
2002年にフランスで出版されたパトリック・ヴェイユの『フランス人とは何か』は600ページを超える大著だが、国籍や国民について問う際には必読だ。移民に開かれたフランスは出生主義の国、一方で民族主義的なドイツは血統主義の国だと思われている。ヴェイユによるとこの通説は誤りである。血統主義はナポレオンの民法典が元で、プロイセンがそれにならったのだという。一方で生地主義はイギリスの伝統であり、フランスが導入したのは19世紀末であった。外国人が多数流入する中、生まれも育ちもフランスの子や孫が血統主義だと外国籍で兵役免除となり、「義務の不平等」が生じたため、生地主義を取り入れた。
フランス人か否か、時代によって揺らぐ国籍の境界が議論され、移民受け入れ国フランスが脱神話化される。アルジェリアにおけるユダヤ人の統合とムスリムの除外。外国人男性と結婚すると父系血統主義により法律上フランス人ではなくなる女性の地位。ヴィシー政権下における国籍剝奪。独立戦争後のアルジェリア人の帰属。戦後復興「栄光の三十年」とオイルショック以降の外国人労働者と合流家族の保障。これらは他人事ではない。諸国隣人の存在が顕在化するわたしたちの国において、「日本人とは何か」と問わねばならない際、『フランス人とは何か』は重要な参照枠となるだろう。
読書の秋、スポーツの秋。日本人とは何か。ヴェイユ片手にテレビを前に、まずはさまざまな競技の日本代表から考えてみるのはどうだろう。
(まつい・ひろし/金城学院大学講師。フランス・フランス語圏文学。訳書ゾベル『黒人小屋通り』)
◇初出=『ふらんす』2019年11月号