【書評】レ・ロマネスクTOBI 著 奥野武範 構成・文『レ・ロマネスクTOBIのひどい目。』 [評者]倉方健作
レ・ロマネスクTOBI 著
奥野武範 構成・文
『レ・ロマネスクTOBIのひどい目。』
青幻舎
2000円+税
[評者]倉方健作
「ひどい目」の消化と昇華
全身ピンクの衣装に身を包んだポップデュオ「レ・ロマネスク」。2000年にパリで結成、2009年には公開オーディション番組「La France a un incroyable talent」に出演し「ズンドコ節」の替え歌で会場とフランス全土を微妙な雰囲気に叩き込んだ(その勇姿はYouTubeなどで確認されたい)。以降、紆余曲折を経てNHKで『お伝と伝じろう』という「教育的」番組のメインを張るに至るというだけでも噓のようだが、本書でフロントマンのTOBIが語る過去の「ひどい目」のエピソードは、それをはるかに上回る。これは間違いなくネタだ。だいぶ「盛ってる」な、と思うのだが、不思議なことに、だんだんと「いや、あるかもしれない」という気になってくる。おそらく、読者にフランスに滞在した経験があるほど、そう思えてくるのではないだろうか。頻度と振れ幅は確かに常軌を逸している。それでも、この人は分岐を(ことごとく)間違えただけで、自分にもありえた話ではないか。そう気づくと、これほどの「ひどい目」を一身に集めたTOBI氏が、むしろ「持ってる」人間に感じられる。
「経済学部をきっちり4年で卒業するくらいの、何のヒネリもない人生」を送ってきた石飛青年が、人生をリセットするために向かったパリで遭遇する「ひどい目」の数々。時系列を行きつ戻りつしながら語られる9つの「ひどい目」の暴力に対して、本人の学習能力はほぼ無力、むしろ裏目に出ることのほうが多い。そして気がつけば青年は「レ・ロマネスク」のTOBIとなっている。あらゆる「ひどい目」は、そこに至るまでの一里塚だった。時系列順に並べると、2005年6月のイベント「Japan is not only Sushi」出演に端を発する「豪華クルーザーに乗っけてもらって調子づいていたら、いつしか大西洋で遭難していた件」が最後の「ひどい目」である。あれほど頻繁だった「ひどい目」がなぜぱたりと止んだのか? きっかけとなった音楽家ピエール・バルーとの出会いが「終章」で語られる。「ひどい目」を否定するのではなく、大きな海に至るまでの人生航路には誰しもあることだ、とバルーに教えられ、著者は気がつけば「ひどい目」と決別していた。本書が示すのは、過去の「ひどい目」を笑い飛ばし、今の自分は「ひどい目」から生まれた、と語る境地に至る、人生の肯定のプロセスである。
(くらかた・けんさく/九州大学准教授。共著『あらゆる文士は娼婦である』、共編訳ブルデュー『知の総合をめざして』)
◇初出=『ふらんす』2019年3月号