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書評

【書評】じゃんぽ~る西『私はカレン、日本に恋したフランス人』 [評者]國枝孝弘

じゃんぽ~る西 著
『私はカレン、日本に恋したフランス人』
祥伝社
920円+税

[評者]國枝孝弘

異文化体験が教えてくれること

 初めてある国を訪れる。その国のことばは話せない。少し心細いかもしれない。でも目に入ってくるものはどれも新鮮で、心はワクワクする。「もっとこの国のことを知りたい」「この国のことばを勉強したい」。そんな気持ちは、人を愛し始めるときの気持ちとそっくりだ。

 「日本に恋したフランス人」カレンとは、本誌『ふらんす』の人気連載「C’est vrai ?」を担当しているKaryn Poupée さんのこと。カリンさんの1996年の初来日から、仕事、結婚、そして子育て中の現在までを、夫であるじゃんぽ~る西さんが描いている。

 初めて日本に来たカレン・・・さんは、ビルの全ての階に看板がついていることに驚いたり、山手線のアナウンスが好きになったりする。住人には見慣れた風景でも、初めて見る人にとっては一つ一つが発見だ。私も初めてフランスを訪れたとき、新聞・雑誌が所狭しと並んだキオスクを見ていたく感動したことを思い出す。それは「異風景」が与えてくれる喜び。

 その国をもっと知りたいと思ったら、その国のことばを勉強したくなる。カレンさんも日本語に挑戦するのだが、それは26歳からのスタートだった。勉強方法は、日経新聞を辞書を使って読むというもの。そのため仕事に役立つ日本語はマスターしたが、日常的な単語、たとえば「洗剤」を知らなかったという。

 そんなカレンさんが、結婚、子育てを通して日常のことばが飛び交う暮らしへと入っていく。中でも強い異文化体験は日本の保育園。「保育のきめ細やかな部分」に感動しながらもルールの多さに戸惑うカレンさん。その奮闘ぶりには、異文化体験の大切な姿が描かれている。

 それは、異なる文化を頭から否定するのでもなく、それに完全に染まってしまうのでもなく、よい意味で「適当に」折り合いをつけながら、自分の選択できる範囲を確保することだ。

 違和の感情も大切。それが出発点となり私たちは当たり前としてやり過ごしている問題に疑問を持てるから。漫画には女性の地位、黄色いベスト運動(ジレ・ジョーヌ)と政府への抗議、原発事故を巡るメディアの姿勢も描かれる。そしてこうした問題を考えようとするじゃんぽ~るさん自身も登場する。その意味でこの漫画はカリン&じゃんぽ~る夫婦を通して社会について考えるきっかけを与えてくれる作品でもあるのだ。

(くにえだ・たかひろ/慶應義塾大学教授。仏語教育・仏文学。著書『基礎徹底マスター!フランス語ドリル』)

◇初出=『ふらんす』2020年2月号

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