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書評

【書評】コルバン『処女崇拝の系譜』 [評者]岡部杏子

アラン・コルバン 著
山田登世子・小倉孝誠 訳
『処女崇拝の系譜』
藤原書店
2200円+税


[評者]岡部杏子

コルバンが語る幻の女たち

 『処女崇拝の系譜』(原題Les filles de rêve)に登場するのは、コルバンの記念碑的な著作『娼婦』(原題Les filles de noce)における現実の娘たちとは正反対の、神話と文学を住処とする「夢の娘たち」である。

 ギリシア・ローマ神話から3人、西欧文学から16人、計19人の乙女が時系列に沿って現れる。第1章を飾るアルテミスは、「貞潔」の象徴として、「官能的な魅惑」で男の欲望を搔き立てるヴィーナスの対極に位置付けられている。続いて、ダフネ、アリアドネ。文学作品からは、ナウシカに始まり、イズー、ベアトリーチェ、ラウラ、ドゥルシネア、ジュリエット、オフィーリア、パミラ、シャルロッテなど、西欧文学の古典中の古典のヒロインである。さらに、ロマン主義時代の「処女であり、同時にどこかエロティック」な乙女たち──ヴィルジニー、アタラ、オーレリア、『墓の彼方の回想』におけるシルフィード、ラマルチーヌの小説『グラツィエッラ』の女主人公が姿を見せ、20世紀初頭の『グラン・モーヌ』のヒロイン、イヴォンヌ・ド・ガレーで幕を閉じる。

 本書を読む愉しみのひとつは、これらの乙女のイメージが、時代や国を超えて、水のように、光のように流れ、時に混じり合いながら形成されてゆく過程を追うことだろう。金色の髪、白い肌、男の誘惑に屈することのない強い精神など、彼女たちには共通する特徴も少なくない。その一方で、作家にとって、そして物語の世界の男たちにとって、愛の対象は言葉に尽くせぬ魅力の持ち主であるがゆえに、神秘のヴェールを纏(まと)った天使的な存在として崇められる。コルバンは、個々の物語を解きほぐしつつ、プラトニックな愛が紡ぎ出されてゆく道筋を、絵画、彫刻、映画に目配せしつつ鮮やかに示している。

 以上のように、本書は男たちが繰り広げたプラトニック・ラヴの物語、換言すれば、「男のロマン」の歴史と言ってもよい。このhistoire / Histoire の独自性については「「夢の女」、男の幻想」と題された訳者解説に詳しい。とりわけフランス・ロマン主義時代の男性作家の心性に迫ったテクストは必読である。彼らを夢想へと誘う少女たちの影を追った本書は、「永遠に女なるもの」が司る物語世界を理解したい読者にとって、アリアドネの糸となる一冊である。

(おかべ・きょうこ/早稲田大学人間総合研究センター招聘研究員。フランス近現代詩。訳書アファナシエフ『声の通信』)

◇初出=『ふらんす』2018年10月号

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