【書評】ロミ『自殺の歴史』 [評者]藤井勉
ロミ 著 土屋和之 訳
『自殺の歴史』
国書刊行会
4200円+税
[評者]藤井勉
挿話と分析で露わとなる、自殺の真理
おなら、悪食、乳房、三面記事……突飛なテーマを研究した著作の数々を発表し、20世紀フランスで異彩を放った作家・ロミ。本書『自殺の歴史』には彼の収集した自殺にまつわるエピソードが収められ、そこから一つの歴史と体系が浮かび上がる。
人類の自殺の歴史は長い。紀元前13世紀頃に成立したバラモン教の教義では解脱のための死が肯定されており、ローマ帝国では死刑による財産の没収や埋葬の禁止を嫌い、受刑者が判決前に自ら死を選んだ。死んだ主人の後追いを強制された奴隷、夫の死後に生きる権利のなかったインドの未亡人が自殺するケースも、古代にはみられる。
著者はそんな紀元前から現代までに起きた自殺を、事件の知名度・死ぬ理由・方法・場所で分類。「自殺のテクニック」「自殺の実践利用」など各章において、該当する事例が紹介される。失恋や破産による自殺から、自作の電気椅子を用いた感電死や窯に入っての焼死まで、パターンは実に様々。エピソードの羅列にも飽きがこない。併載されている自殺の方法別件数の推移、セーヌ川での自殺救助の各種報奨金一覧といったデータからは、自殺のトレンドや多様な救助手段が見てとれる。
自殺の周辺で起きる出来事も、著者の研究対象だ。マリリン・モンローの服毒死にまつわるエピソードには、死の真相について憶測をマスコミに流す関係者に、騒ぎに便乗してグッズを売り出す業者も登場し、自殺に群がるハイエナたちの見本市として読むこともできる。
こうした自殺をめぐる悲喜劇を作品へと昇華したジャンルに、著者の挙げるのが文学だ。「自殺と文学」では、作家がいかに魅力的に自殺を描いてきたか考察される。ここで顕著なのは、優れた作品が引き起こす読み手の過剰な反応である。たとえば1774年に刊行されたゲーテ『若きウェルテルの悩み』は、主人公に影響を受けて自殺する読者が現れ、道徳家たちから非難を浴びてしまう。
だが本書を読んでいくと、自殺を罪とする人々の規範にも、尊い行いとする人々の共感にも疑問が芽生えてくる。〈頁はいくらあっても足りない……〉と著者がこぼすように、自殺の背景は知れば知る程、人それぞれで複雑だとわかる。そこにこそ、自殺の本質があると思えて仕方ないのだ。
(ふじい・つとむ/ライター。共著『村上春樹の100曲』『村上春樹を音楽で読み解く』)
◇初出=『ふらんす』2018年9月号