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書評

【書評】バルト『声のきめ:インタビュー集 1962-1980』 [評者]中地義和

ロラン・バルト 著
松島征・大野多加志 訳
『声のきめ:インタビュー集 1962-1980』
みすず書房
6000円+税

[評者]中地義和

バルトへのもうひとつのアクセス

 ロラン・バルトのまとまった対談集が刊行された(原書は1981年刊)。ヌーヴェル・クリティークを牽引し、本が出るたびに斬新なテーマと知の形を披露したエクリチュールの人バルトは、頻繁に求められる対談を丁寧にこなす魅力的な座談家、パロールの達人でもあった。

 『ロラン・バルト著作集』(全10巻)収録分をはじめ、かなりの数のバルトの対談がすでに日本語で読める。500頁を超す本書に時系列順に収録された長短38篇は、それらとは別で、1962年から80年の死まで、彼の活動期間の主要部分を覆う。本書には、それ以前の『零度のエクリチュール』や『現代社会の神話』を含め、ほぼすべての著作への言及がある。

 本書の効用はまず、バルトの知的営みの各局面が著者自身の言葉で平易に解説される点にある。インタビュアーの力量も重要で、総じて、知的対等を気どる質問者よりも、バルト独特の発想に常識の立場から素朴な疑問をぶつける聞き手のほうが、興味深い談話を引き出している。

 しかし、本書をバルトの自著解説として読む必然はない。一作家の軌跡を集約した読み物として、十分通読に堪えるからだ。読者は、ソシュール言語学と精神分析に拠りながら記号学の手法を練り上げ、変奏する犀利(さいり)な批評家が、しだいに、テクストの快楽、「ロマネスクなもの」、愛されない恋愛主体のディスクール、かつてあり今は消滅したものの明白な証拠としての写真、といった主観的価値を尊ぶ作家に変貌する歩みを追う。バルトは、自身の多面性を「カレイドスコープの戯れ」にたとえるが、自分が大きく変わったとは思わないとも言う。彼の変化と一貫性の咀嚼(そしゃく)は、読者に委ねられている。

 「声のきめ」は、1972年の音楽論のタイトルである。当時世界最高のバリトンとみなされたフィッシャー=ディースカウの「魂」の歌に対して、知名度でははるかに劣るシャルル・パンゼラの「身体」の歌を称えるべく発明された評語だった。いかにも本対談集は、活字を通してバルトの「声のきめ」を立ちのぼらせるべく編まれており、相当程度に成功している。

 本書には、文学教育のあるべき形、知識人の存在意義、文化における前衛の宿命、などの広範なテーマをめぐる対談も収録され、そこでのバルトは自著解説の際にもまして衒(てら)いなく躍動し、知性の冴えと人間のきめ・・・・・を遺憾なく発揮している。

(なかじ・よしかず/東京大学名誉教授。著書『ランボー』、訳書ル・クレジオ『黄金探索者』、コンパニョン『書簡の時代』)

◇初出=『ふらんす』2018年11月号

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