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書評

【書評】ミトラン校訂・解説・注『セザンヌ=ゾラ往復書簡』 [評者]小倉孝誠

アンリ・ミトラン 校訂・解説・注 吉田典子・高橋愛 訳
『セザンヌ=ゾラ往復書簡:1858-1887』
法政大学出版局
5400円+税

[評者]小倉孝誠

画家と作家、類い稀な友情の軌跡

 セザンヌとゾラが交わした手紙の全訳である。原著は2016年に刊行されたが、その背景に一つの事件があった。2013年暮のパリで、セザンヌがゾラに宛てた1887年11月28日付の手紙が競売にかかり、世に出たのである。なぜそれが事件かと言えば、それより1年半前の手紙が、生前セザンヌがゾラに宛てた最後の手紙で、以降二人は関係を絶ったと長い間多くの人に信じられてきたからだ。新たな手紙の発見はその伝説を無効化するのに十分だった。

 収録された手紙はセザンヌからゾラ宛が84通、ゾラからセザンヌ宛が31通、計115通である。失われた手紙も多いので、これが二人の間で交わされた手紙のすべてではない。1860年前後と、1870年代末からの数年間に書かれた手紙が多いのが特徴である。

 とりわけ青年時代に交わされた手紙は興味深い。若い時期に生まれた友情は、率直な言葉の交換を可能にする。20歳のセザンヌとゾラは、エクスとパリからお互いの芸術観や、人生哲学を熱く語り合っていた。当時二人はユゴーやミュッセの詩を耽読し、ミシュレの恋愛論に心酔していた。そしてお世辞にも上手とは言えないロマン主義的な詩を創作し、それを相手に送って批評を求めた。後に絵画と小説に革命をもたらす二人の、若き日のほほえましいエピソードである。

 時代の流れを映しだす手紙も多い。1870年の普仏戦争での敗北、そして翌年のパリ・コミューンはゾラの生活を脅かしたが、同時に新しい時代の幕開けを告げた。「これほど希望に燃え、仕事をしたいと思ったことはない(中略)。僕らの時代が到来するのだよ」と、ゾラが昂ぶった口調でセザンヌに宣言したのは1871年7月4日である。

 1870年代末以降は、大部分がセザンヌの手紙である。流行作家になったゾラから新作をもらうたびに丁寧な批評を書き送ったが、そこには彼の確かな審美眼が示されている。セザンヌはまた家族との難しい関係や、画家としての自己不信について語るが、その彼を鼓舞し、時に経済的援助までしたのがゾラだった。

 数年前日本でも公開された映画『セザンヌと過ごした時間』は、二人の葛藤に焦点を当てた。本書は強烈な二つの個性が育んだ類い稀な友情の軌跡を、感動的に伝えてくれる。

(おぐら・こうせい/慶應義塾大学教授。著書『革命と反動の図像学』『写真家ナダール』『逸脱の文化史』)

◇初出=『ふらんす』2020年1月号

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