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書評

【書評】樋口陽一『抑止力としての憲法:再び立憲主義について』 [評者]三浦信孝

樋口陽一 著
『抑止力としての憲法:再び立憲主義について』
岩波書店 4400円+税

[評者]三浦信孝

民主主義か立憲主義か、それとも両方か

 本書は『憲法という作為 「人」と「市民」の連関と緊張』(2009)以来 8 年ぶりの比較憲法学の泰斗による学術書である。「再び立憲主義について」という副題は、著者が39 歳で出した最初の著書『近代立憲主義と現代国家』(1973)を喚起させ、2012 年12 月の安倍改憲内閣の誕生以来、戦後長く忘れられていた「立憲主義」に改めてスポットをあてる。憲法によって君権にタガをはめる明治の「立憲君主制」ならわかるが、国民主権のデモクラシーに「立憲民主制」という表現はなじまない、と安倍首相は言ったらしい。しかし第一次大戦の敗戦国ドイツで、ベルサイユ体制という「戦後レジームからの脱却」をはかったナチスの例を引くまでもなく、大衆民主主義の中から独裁や専制が生まれる危険は常にある。民主主義体制でも人権を踏みにじる権力の暴走にブレーキをかけるのが「抑止力としての憲法」なのである。

 著者は1789 年の「人と市民の権利宣言」の第16 条「権利の保障が確保されず権力の分立も定められていない社会は憲法を持たない」を立憲主義の原点に据える。しかも著者は、ルソーの「人はcitoyen になってはじめてhomme になる」を引き、国家から自由であるべき「個人」は、res publica という公共社会を担うべき「市民」によって支えられることの重要性を強調する。

 樋口陽一は1989 年7 月のフランス革命200 周年記念パリ国際学術集会での報告「四つの89 年、または西洋起源の立憲主義の世界展開にとってフランス革命がもつ深い意味」で、「ルソー=ジャコバン型国家像」と「トクヴィル=アメリカ型国家像」を近代個人主義社会の二類型として対比した。それが反米共和主義知識人レジス・ドゥブレの1989 年11 月論文「République対Démocratie」にそのまま重なることを発見して以来、私は樋口からフランスの共和国思想について多くを学んできた。

 しかし前著『憲法という作為』巻頭の「ルネ・カピタン再読」と本書第1 章におけるホッブス理解をめぐるカール・シュミットとルネ・カピタンの交叉と乖離の分析は、樋口の共和国思想に一段の深まりを与えている。自民党の改憲案が国民投票に付される日、凍結されてきた「憲法制定権力」を担う私たち市民はカピタンの言葉を肝に銘ずべきだ。いわく「みずからを救う権利は必然的に、みずからを滅ぼす権利を含む。それこそが自由の恐るべき偉大さなのだ」

(みうら・のぶたか/中央大学名誉教授。著書『現代フランスを読む』、『思想としての〈共和国〉』(共著))

◇初出=『ふらんす』2018年5月号

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