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書評

【書評】コロンバニ『三つ編み』 [評者]倉本さおり

レティシア・コロンバニ 著
齋藤可津子 訳
『三つ編み』
早川書房
1600円+税

[評者]倉本さおり

二者択一ではない人生

 「3」という数字には、ちょっと特別な力がある。

 例えばこれが「2」の場合──つまり、二人のヒロインが登場する物語の場合、たいていは正反対の存在として描かれる。彼女たちが持つ要素はいかにも対照的で、対置されることでストーリーはわかりやすくなるぶん、ともすれば二者択一、トレードオフの関係に落とし込まれ、犠牲を当然のように強いられてしまう。

 ところが「3」はそう簡単ではない。彼女たちは他者から並べられ選ばれることを拒み、むしろ自分から運命に「ノン」を突きつけていくのだ。

 この物語は、「女性性」の象徴たる「髪」をモチーフに、三人のヒロインの人生が交互に語られながら進行していく。

 一人目はインドのスミタ。被差別民・ダリッド(不可触民)として生まれ、代々一族の女たちがしてきたように、上位カーストの家々をまわって糞便を素手で汲みとることで生活をつないでいる。娘には同じ人生を送らせまいと決意し、学校に通わせる算段をつけるも、教師によって差別が先導されていたことに愕然とする。

 二人目はイタリア・シチリア島のジュリア。高校を卒業したあと、家族で経営する毛髪加工会社で働いている。幼い頃から技術を仕込まれた彼女にとって作業場は大切な居場所だが、父が危篤状態に陥ったことで状況が一変。操業の危機を回避するために金持ちの男性と結婚するよう家族から説得される羽目に。

 そして三人目はカナダの弁護士事務所で働くサラ。二度の離婚を経て子ども三人を抱えながらも「ガラスの天井」を粉砕したスーパーウーマンだが、女性初のトップの地位も目前というところで乳癌が発覚。彼女の弱みを知った同僚から陰険な形で引き摺り下ろされてしまう。

 凄惨かつ理不尽な差別制度。前時代的な家父長主義。男性的な能力主義の裏に潜むダブルスタンダード。虐げられるのは「女」だが、すべての男性が女性を押し潰しているわけではないし、逆に女性同士が足を引っ張り合っているわけでもない。彼女たちを突き落とすのは個別の力ではなく、社会構造そのものなのだ。

 この物語で編み込まれた三つの人生は、単純な二元論にはけっして回収されない。そこから私たちが受け取るのは、常に現実に対して疑義を突きつけていく不断のエネルギーなのだろう。

(くらもと・さおり/書評家。「小説トリッパー」「文藝」「毎日新聞」などで連載中)

◇初出=『ふらんす』2019年7月号

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