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書評

【書評】鈴木道彦『私の1968年』 [評者]西山雄二

鈴木道彦 著
『私の1968年』
閏月社
2800円+税

[評者]西山雄二

記録と考察、そしてアンガージュマンの書

 本書は、鈴木道彦氏が主に1967~69年の間に執筆した文章によって構成されている。核をなすのは著者自身がパリで目の当たりにした五月革命の記録と考察だが、彼の同時代的な社会参加(アンガージュマン)の文章もその前後に組み込まれている。羽田事件の試練に曝される日本の民主主義、アルジェリア戦争における脱走兵の問題、ファノンにおける植民地主義と暴力の思想、金嬉老事件と在日朝鮮人の問題などである。フランスの歴史研究では「1968年代les années 68」という表現が用いられ、パリの五月革命をその震央としつつ、フランスの地方や国際的な情勢を踏まえて、その中・長期的な歴史過程を把握する試みがなされている。本書もまた、時間的・空間的な幅をもった「68年代」の優れたドキュメントである。プルーストやサルトルの卓越した研究で知られる鈴木氏だが、1968年前後にこれほどの思想的な展開を果たしていたことは今一度記憶されるべきだろう。

 今年、フランスでは1968年の50周年を記念する刊行物が相次ぎ、証言集や研究書、アンソロジー集、図録や写真集などが多数出版された。当事者が高齢化していることもあり、回顧録の類いは減っているが、日本人の体験者として著者と西川長夫氏の文章(『パリ五月革命私論』平凡社ライブラリー)は貴重である。鈴木氏は社会的実践によりみずからの思想を血肉化させたのに対して、西川氏は68年の出来事をフランスの歴史や思想の潮流に位置づけつつ、晩年に至るまで重厚な分析と考察を続けたのだった。

 本書の表題には「私の」が用いられているが、一人称は五月革命を語る上で象徴的である。五月革命は政党や労働組合といった既存の組織の計画や指示によることなく、個々の「私」が自然発生的に異議申し立てをした運動だったからだ。本書で語られているのも「私」の体験であるが、しかし、これは感傷的で傍観者的な「私」ではない。あの時代の脈動を伝える文章から読み取れるのは、人々が新たな共同性や連帯を模索し、つかの間の運動とはいえ、見知らぬ者たちの協同が社会の変化に大きな役割を果たしたことである。本書のあとがきでは、かつての政治的熱気と比較して、日本社会への「暗澹たる気持ち」が告白されている。激動の時代を生きた著者の経験を継承するべく、本書を歴史の灯火として私たちの未来を照らし出したい。

( にしやま・ゆうじ/首都大学東京准教授。著書『哲学への権利』、訳書デリダ『条件なき大学』、レヴィナス『倫理と無限』)

◇初出=『ふらんす』2019年1月号

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