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書評

【書評】中嶋洋平『サン=シモンとは何者か:科学、産業、そしてヨーロッパ』 [評者]杉本隆司

中嶋洋平著『サン=シモンとは何者か:科学、産業、そしてヨーロッパ』
吉田書店 4200円+税

[評者]杉本隆司

30年ぶりのモノグラフィー研究

 1990年までの日本のサン=シモン研究には2つの系譜がみられた。一つは、マルクスやエンゲルスの評価を相対化しつつ、産業(革命)やアソシアシオンを鍵概念にサン=シモンの経済的側面に着目する経済学(思想)方面からの研究。もう一つは、サン=シモン研究の金字塔・単独訳『サン=シモン著作集』をはじめ、デュルケムやマニュエルらの訳書も手掛けた森博の社会学プロパーからの研究である。これにより経済学に限られないその思想の多様性が明らかにされた。

 だが冷戦が崩壊する90年代以降、社会主義への関心の低下により、中村秀一の研究(1989年)を最後に日本ではサン=シモンの書籍は途絶える。それゆえ本書はそのモノグラフィー研究としてはちょうど30 年ぶりの仕事となる。サン=シモンの「ヨーロッパ統合のヴィジョン」という本書の関心からいえば、広い意味では本書も社会学系統に分けられよう。

 これまでもサン=シモンはEUの理念的始祖の一人には挙げられてきたが、本書はその統合ヴィジョンを初期から晩年の著作まで克明に跡付けようとする点で異彩を放つ。近年のEU離脱、トルコ加盟の是非、移民問題などアクチュアルな関心と交差するテーマとして興味深い。またゴーン会長逮捕で日本でも明るみになった、仏政府と基幹自動車産業との繫がりは本書の主人公もその一人に数えられるディリシズムの伝統を改めて思い起こさせる。

 ただテクスト解釈の面でいくつか難点がないわけではない。「実証的」「世俗的」「民主主義」「自由」ほか本書の頻出概念にサン=シモン自身がどのような意味を込めているのか、やや見えづらい印象を受けた。また大枠の議論として、著者は統合のヴィジョンが明確に語られる『ヨーロッパ社会再組織論』(1814)の思想を一つの到達点とみているようだが、その後の政治的著作との整合性(特に議会制民主主義や人民主権論の扱い)には議論の余地があると思う。

 森訳はサン=シモン思想の全貌を明らかにしたが、逆にいえば主な著作だけでも20を超える作品群に加え、時期によってかなりのブレがみられるその思想をうまく調理するには研究者の力量が問われる難物でもある。その難物に挑んだ筆者にはエールを送りたい。“サン=シモンとは何者か”という問いは、私たちになおも開かれ続けている。

(すぎもと・たかし/明治大学専任講師。著書『民衆と司祭の社会学』、訳書ピーツ『フェティッシュとは何か』)

◇初出=『ふらんす』2019年4月号

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