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書評

【書評】ヴェルヌ『カルパチアの城 ヴィルヘルム・シュトーリッツの秘密』 [評者]牧眞司

ジュール・ヴェルヌ 著
新島進 訳
『カルパチアの城 ヴィルヘルム・シュトーリッツの秘密』
インスクリプト
4200円+税

[評者]牧眞司

光学装置の視野、幻想の宿命

 ヴェルヌの《驚異の旅》シリーズのなかでも、いささか異色な2篇を併録。解説で石橋正孝氏は「テーマの上で最も幻想小説(le fantastique)に接近した・・・・作品」と指摘している。

 誌面にかぎりがあるので、ここでは『カルパチアの城』に絞って紹介しよう。まず舞台となる城の奇観が描写される。高原の頂を飾るその古城は、背景の山々に溶けこみ、主塔は岩山と区別がつかず、幕壁の銃眼だと見えるのも岩の尾根かもしれない。全体がぼやけて不確かで、時代を経た緑青から生じる雰囲気は、地質時代の造山運動でできたものと変わりがない。得体の知れぬ人工物が自然の圧倒的な魁偉(かいい)のごとくあらわれる。『海底二万里』の潜水艦ノーチラス号も、まず巨鯨のイメージで読者に提示された。

 穏やかで調和的な美ではなく、荒々しく、見る者に畏怖の念を与える崇高美は、エドマンド・バークが提唱し、ゴシックロマンスの屋台骨を支える観念となった。《驚異の旅》を、その傍流のひとつと捉えてもよかろう。ただし、ヴェルヌの画像的想像力の支柱は、ゴシック由来の崇高美だけではない。啓蒙思想からつづく自然誌・地誌の感覚と、科学技術による新しいパースペクティブの実現、このふたつがきわめて重要だ。

 『カルパチアの城』でも、地誌的な描写がふんだんに盛りこまれ、まず望遠鏡という光学装置(テクノロジー)によって、城へ接近がおこなわれる。そして、謎の核心が露わになる山場では、もうひとつの光学装置が登場する。それにふれるとタネ明かしになってしまうので、これ以上は控えよう。

 誰もいないはずのカルパチアの城から煙が出ていたことから、迷信深い地元民たちは悪霊が棲みついたと考える。次々に起こる怪異。旅人として村を訪れたフランツ・ド・テレク伯爵が探偵役として、城へ潜入する。城をめぐる事件の部外者であったはずの彼は、そこで自分が捨ててきた過去と向きあうはめになる。

 ヴェルヌの小説なので、謎は合理的に解明される。辻褄や整合性だけに注目して読むなら、幻想小説からSF へとシフトしたといってもよい。しかし、フランツとその敵をめぐる葛藤の起点にある悲劇、つまりひとりの女性が「永遠性」を獲得してしまう宿命は、読者の意表を突く展開であり、(物語の水準で説明はついてはいるが)閃光のような幻想性を放っている。

(まき・しんじ/SF研究家・文芸評論家。著書『世界文学ワンダーランド』『JUST IN SF』、訳書『SF 雑誌の歴史』)

◇初出=『ふらんす』2019年2月号

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